朝陽は一目惚れの相手について話してくれた。
朝陽は相手のことを「彼女」と呼ぶ。
まだ彼女でもないのに。
だから私も「彼女」と呼ぶ。
彼女は朝陽と同じクラスで、出席番号順の席が朝陽と前後だという。
プリントを回そうとふと後ろを振り向いた瞬間、朝陽は落ちたというのだ。

恋に。

彼女は特にかわいくもなく美人でもない。
大人しい感じで、他の女子みたいに気合を入れて化粧をしたり制服を気崩したりもしない。
飾り気のない、目立たない女の子。
だったら、一体どこに一目惚れしたというのだろう。

「見た目じゃなくて、空気感が似てるんだ」

朝陽は恥ずかしそうにそう語った。

__空気感って、何?

「凪咲はどう思う? 一目惚れって」
「え?」
「凪咲は、一目惚れって、したことある?」

恥ずかしそうにもじもじとした様子と、ぼそぼそと尋ねる声が、恋愛漫画なんかで初めて恋をする女子のようだった。
その女々しい姿にイラついた。

「するわけないじゃん、一目惚れなんて。だってそれって、ほんとに好きなの?」
「え?」
「私は、一目惚れって、一瞬の気の迷いだと思う。今まで出会ったことのないような子がちょっと気になるとか、光の当たり具合でキラキラして見えたとか。使ってるシャンプーが同じだから、その匂いに親近感とか。高校入学して、環境も人間関係も変わって、そう見えるだけだよ。朝陽はそういうの、神経質だから。それに朝陽の「好き」の根拠だってあやふやでしょ? 空気感が似てるとか。それって別に好きじゃなくても、友達でもあり得るわけじゃん」

私のその場で考えたもっともらしい意見に対し、朝陽は「ああ、そうか」と素直に反応する。

「だいたいさ、朝陽が一目惚れって正直ウケるんだけど。恋愛漫画の主人公にでもなったつもり?そんなキャラじゃないでしょ、地味男子のくせに」
「ほら、そうやって笑うと思ったから言いたくなかったんだよ」

朝陽は怒って、私から顔をそむけた。
その顔の向こうから「まあ、凪咲の言う通りなんだけどね」と、寂しげな声が聞こえた。

「僕が一目惚れなんて、運命的な恋なんて、やっぱり似合わないよね」

朝陽は再び夜空に目を向けた。
空にはひとつも星が出ていなかった。
その闇の中に、朝陽の声が虚しく吸い込まれていくのを、私は見届けた。