教室に戻った時には、いっちーはもう制服に着替え普通に窓の外を眺めていた。
椅子の上で片膝を立て、じっと動かないのはいつものこと。
授業が始まってからも、それはあんまり変わらない。
「犬山ぁ。外ばっか見てないで、黒板の問題出てきて解け」
突然当てられたベクトルの問題も、スラスラ出来ちゃうから先生も文句は言わない。
昼休みになった。
あたしはいつものように、はーちゃんとしーちゃんと机をくっつけて囲む。
いっちーは二年になってからずっと独りでご飯を食べていて、特に誰も気にしていないし本人も気にならないタイプっぽいから、誰も何にも言わないし特に何かが何とかともなってはいない。
ぐちゃぐちゃに体操服やらお菓子やらを突っ込んでいたあたしのロッカーから、こん棒が滑り落ちた。
「あ」
60㎝以上はあるこん棒をそのままロッカーに差し込んでいたのだから、落ちてしまうのは自然の摂理で、それは案外大きな音を教室に響かせた。
そこにいた何人かが振り返ったけど、教室のロッカーから誰かのモノが落っこちるなんていつものこと。
こん棒を拾い上げたのはいっちーだった。
「誰の?」
「あたし」
お箸を咥えたまま、さっと手をあげる。
いっちーは明らかにムッとした表情を見せた。
「邪魔」
落ちた時と同じようにこん棒をロッカーに突っ込むと、教室から出て行く。
あたしは空になった弁当箱をそのまま机に押し込むと、すぐに後を追いかけた。
廊下に飛び出したのに、いっちーの姿は見えない。
トイレの前で張り込んでみる。
ちょっと待ったら、案の定彼女はハンカチで手を拭きながら現れた。
「……。なに?」
「あたし、鬼退治始めたの」
「……。で?」
「それだけ」
いっちーはあたしを横目でにらみつける。
そのまま歩き出した彼女を追いかけた。
「どこ行くの?」
そう聞いたのに返事はない。
昼休みの廊下はどこまでも自由だった。
いっちーのミルクティー色の髪が歩幅に合わせて静かに揺れる。
「ねぇ、一緒に鬼退治しない?」
「友達誘えば? はーちゃんとしーちゃんなら付き合ってくれんじゃないの」
「あの二人は生徒会書記だから無理。あたしはいっちーがいいなと思って」
「へぇ、どうでもいい相手だったらいいってことなんだ」
「そんなことないよ」
彼女はゆっくりと振り返った。
「迷惑なんだけど。やりたいなら勝手にやって」
「鬼退治、興味ない?」
「しつこい!」
いっちーは眉間にしわを寄せ、険しい顔つきで声を荒げた。
「どういうつもりでそんな気になったのか知らないけど、あんたみたいないい加減なのが『鬼退治やるー』『始めました~』とか言ってんの、一番ムカつくんだよね」
「やるよ」
あたしより少し背の高いいっちーを見上げる。
彼女の、やっぱり髪みたいに茶色の目はじっとあたしを見下ろした。
「やるって言ったら、あたしはやるよ」
「あはは……!」
とたんにいっちーは大声で笑い出す。
彼女の鼻先があたしの鼻先に迫った。
「じゃあ勝手にやってなよ。頑張っテネ、応援してルヨ」
椅子の上で片膝を立て、じっと動かないのはいつものこと。
授業が始まってからも、それはあんまり変わらない。
「犬山ぁ。外ばっか見てないで、黒板の問題出てきて解け」
突然当てられたベクトルの問題も、スラスラ出来ちゃうから先生も文句は言わない。
昼休みになった。
あたしはいつものように、はーちゃんとしーちゃんと机をくっつけて囲む。
いっちーは二年になってからずっと独りでご飯を食べていて、特に誰も気にしていないし本人も気にならないタイプっぽいから、誰も何にも言わないし特に何かが何とかともなってはいない。
ぐちゃぐちゃに体操服やらお菓子やらを突っ込んでいたあたしのロッカーから、こん棒が滑り落ちた。
「あ」
60㎝以上はあるこん棒をそのままロッカーに差し込んでいたのだから、落ちてしまうのは自然の摂理で、それは案外大きな音を教室に響かせた。
そこにいた何人かが振り返ったけど、教室のロッカーから誰かのモノが落っこちるなんていつものこと。
こん棒を拾い上げたのはいっちーだった。
「誰の?」
「あたし」
お箸を咥えたまま、さっと手をあげる。
いっちーは明らかにムッとした表情を見せた。
「邪魔」
落ちた時と同じようにこん棒をロッカーに突っ込むと、教室から出て行く。
あたしは空になった弁当箱をそのまま机に押し込むと、すぐに後を追いかけた。
廊下に飛び出したのに、いっちーの姿は見えない。
トイレの前で張り込んでみる。
ちょっと待ったら、案の定彼女はハンカチで手を拭きながら現れた。
「……。なに?」
「あたし、鬼退治始めたの」
「……。で?」
「それだけ」
いっちーはあたしを横目でにらみつける。
そのまま歩き出した彼女を追いかけた。
「どこ行くの?」
そう聞いたのに返事はない。
昼休みの廊下はどこまでも自由だった。
いっちーのミルクティー色の髪が歩幅に合わせて静かに揺れる。
「ねぇ、一緒に鬼退治しない?」
「友達誘えば? はーちゃんとしーちゃんなら付き合ってくれんじゃないの」
「あの二人は生徒会書記だから無理。あたしはいっちーがいいなと思って」
「へぇ、どうでもいい相手だったらいいってことなんだ」
「そんなことないよ」
彼女はゆっくりと振り返った。
「迷惑なんだけど。やりたいなら勝手にやって」
「鬼退治、興味ない?」
「しつこい!」
いっちーは眉間にしわを寄せ、険しい顔つきで声を荒げた。
「どういうつもりでそんな気になったのか知らないけど、あんたみたいないい加減なのが『鬼退治やるー』『始めました~』とか言ってんの、一番ムカつくんだよね」
「やるよ」
あたしより少し背の高いいっちーを見上げる。
彼女の、やっぱり髪みたいに茶色の目はじっとあたしを見下ろした。
「やるって言ったら、あたしはやるよ」
「あはは……!」
とたんにいっちーは大声で笑い出す。
彼女の鼻先があたしの鼻先に迫った。
「じゃあ勝手にやってなよ。頑張っテネ、応援してルヨ」