「いっちー? どうしたの?」

「切れた」

 ベッドに寝ていた彼女は起き上がった。

「消毒して絆創膏貼る?」

「唇にしみるから、塗り薬と絆創膏だけでいい」

 クラスでは比較的独りでいることの多いいっちーが、彼女には懐いている。

優雅な黒髪の大人し気な彼女は、いっちー口の端に細い指でそっと薬を塗った。

「キジはまた体育サボってんの?」

「私、ああいうの嫌い」

 キジと呼ばれた彼女は、甘くささやくような声でそう言った。

いっちーを見つめながら目を細め微笑む。

あたしはなんだかその雰囲気に恥ずかしくなってきて、モジモジとしている。

「こんにちは。あなたがいっちーを連れてきてくれたの?」

 いっちーはあたしをにらんだ。

「違うよ。勝手についてきただけ」

「そう。ありがとうね」

 あたしにまでにこっと微笑むから、ますます恥ずかしくなる。

「じゃ、先に戻ってるね」

 知り合いなのかな? 

あたしとは同じクラスになったことのない子だ。

いそいそとそこを抜け出す。

校庭に戻ったら、サッカーの試合は続いていた。

「負けてんだけど」

「本当だね」

 猿木沢さんに2点を入れられ、4対2で負けている。

「もも、出られる?」

「任せて」

 選手交代。

ピッチに立ったあたしの前に、猿木沢さんが立ちはだかった。

「あんた名前は?」

「花田もも」

「ダセー名前」

「そういうの、あたしには効かないよ」

 視線をボールに移す。

キックオフのホイッスル。

走り出したあたしの足を、猿木沢さんが引っかけようとちょっかいを出してくる。

それを飛び越えようとして、肩と肩が激しくぶつかり合った。

外野からのヤジが飛ぶ。

執拗にマークされていた。

パスが一つも通らない。

体操服をつかまれ、動きが制限されている。

あたしはワザと高くボールを上げた。

その動きに気を取られているうちに、サッと走り出す。

「しまった!」

 団子状態になっていた集団をようやく抜け出した。

猿木沢さんの足でも追いつけない。

「もも、頼んだ!」

 飛んで来たパスをドリブルで駆け上がる。

敵も味方もほとんど全てを後ろに置いてきた。

キーパーは大きく両腕を広げている。

あたしは狙いを定めた。

「いっけー!」

 右上のコースを狙ったシュートは、飛び上がったキーパーの指先をわずかに外した。

「ゴール!」

 歓声が上がる。

同時に試合終了のホイッスルが鳴った。

試合結果は4対3。

あたしの周りには駆け寄ってきたクラスのみんなが飛びついた。

「さっすがもも! カッコよかったぁ!」

「負けたし」

「いいんだよそんなこと。気にすんな」

 同じクラスのはーちゃんとしーちゃんがあたしの両腕に絡みついた。

「行こう。次は数学だよ。どうせ宿題やってないんでしょ?」

 三組のグループに猿木沢さんの姿が見えた。

振り返った彼女と一瞬目が合う。

彼女たちの次の授業何なんだろう。

ふとそんなことが気になった。