「もも! 来たか、こっちだ」
職員室でそんな大げさに手を振らなくっても、先生の席くらい知ってるってば。
「廃部の書類は揃った。これで大丈夫だ。問題ない。校長の許可もばっちり取れたぞ」
「凄いじゃん。頑張ったね」
細木はあたしを見上げる。
フンと鼻息を鳴らした。
「まぁこれは、事前に決まってたからな。で、こっちが新しい書類」
それを受け取って、目を通す。
びっしりと書き込まれた書類には、一カ所だけ空欄が残っていた。
細木は一つ、咳払いをする。
「そこを決めるのは、お前だと思って」
細木は顔を真っ赤にした。
自分でその顔をクラス日誌で隠す。
「俺はお前たちが仲良くしてくれているのもうれしいし、こうやって色々やらしてくれるのもうれしいし、ちゃんと頼ってくれるのもうれしい」
隠しきれていない耳とこめかみから顎にかけての部分が、本当に赤くて笑う。
「俺はずっと嫌われてると思ってたし、実際そうだったし、色々あったけど本当はずっと一緒に色々したかったし、これからもしたい」
日誌の横からちらりとのぞき込む。
「……お前が、それでもいいって言ってくれるなら……」
あたしは細木を見下ろす。
きっとこれまでのあたしだったら、何かもっと別の言葉を投げかけていたんだろうな。
「そうしてくれると、あたしもうれしい」
細木の座っている椅子が、ガタリと大きな音を立てた。
一瞬立ち上がった細木は、またすぐ腰を下ろす。
「あ、もも。お昼ご飯はもうちゃんと食べたか? 時間大丈夫? ちょっとこれを見てほしいんだけどさ、あとで他のみんなとも相談しておいてほしいんだけど、体育科の倉庫に残ってる残りの備品と使えるかなんだけど、調べてみたら……」
止まらないおしゃべりに、今度はあたしの方がどうしていいのか分からなくなってしまった。
「でね、俺はこっちもいいと思うんだけど、ももはどう思う? いや、もものしたいようにやってもらって全然いいんだけど。例えばね、こんなのもあって……」
「細木先生。もうその辺にしといたら」
職員室で美顔器をコロコロ顔に当てている堀川が、割り込んできた。
「ふふ。全く。小田っち2号の完成だ」
「小田っち2号?」
堀川はコロコロで細木を指さす。
「ずっと我慢してたのは知ってるけど、あんまり構い過ぎるとまた嫌がられるよ」
「えっ」
そう言われた細木の顔は、みるみる青ざめてゆく。
「そ、そ……。んなことは……。あ、イヤ、何でもない」
途端に大人しくなって横を向いた細木に、あたしはため息をつく。
「別にもう嫌いになんかならないよ。この書類は持っていくね。学校の掲示板、あれでよかった?」
スマホを操作する。
事前に細木にチェックしてもらっていた、電子掲示板の画面を開いた。
「あぁ、いいよ。とってもよく出来てた。ももはこういうのも上手だったんだね。びっくりした。凄いよ」
「ならアップしとくね」
あたしは細木と堀川を振り返る。
「じゃ、放課後ね。時間があったら来て」
教室に戻って、一応は書類に目を通す。
グループメッセージで細木ともやりとりしてたから、まぁそのまんまだ。
何度も修正を加えたそれを、「公開」に設定した。
放課後になって、待ち構えていた桃たちと合流する。
「さっそくアップしてたね。見たよ」
桃が笑った。
「細木からもらったか? ももがやると後で直すのが面倒くさいから、俺がやる」
浦島はあたしから書類を奪いとる。
「お疲れさま。ようやくこれからが、本当の本番だね」
金太郎の優雅に微笑む仕草に、あたしはニッと笑顔で返す。
「そうだよ。忙しくなると思うけど、みんなよろしくね」
新しく借りた教室に、あたしたちは集まっていた。
「で、どうするの?」
いっちーは頭を悩ませている。
「『鬼退治』ってのを、他の表現に変えるってことでしょ。鬼退治って、そもそもなに?」
『鬼退治部』は廃部になったけど、あたしたちは廃部にはしなかった。
『鬼退治』という名称を変更して、新しい部を作ることにしたのだ。
それを皆で考えてる。
「じゃ、これでいいね」
あたしは細木の残した最後の空欄に、その名前を書いた。
まだ正式認定されたわけじゃないから、(仮)だけど。
教室の扉が開いた。
「三年でも入部出来るって、本当?」
中くらいのだ。
その後ろには丸いのと細いのもいる。
「俺たちさ、前の学校で部活入ってたんだけど、転校したからね。このまま卒業するのもさみしいなーと思ってて」
その後ろからも、数人の女の子たちの姿が見えた。
「私たちもいいのかな」
「もちろん! 大歓迎だよ!」
よかった。本当によかった。
気がつけば、入部希望者は一年だけじゃない。
あふれかえったにぎやかな教室の中で、あたしはうれしくなる。
中くらいのが近づいてきた。
「花田……な、ところでさ。お前、俺たちの名前ちゃんと覚えてる?」
「え? えぇっと……」
ちらりと横を見る。
助けを求めたいっちーは、ただただ呆れた顔をした。
さーちゃんはニヤニヤとこっちを見ていて、キジは桃たちのところへ逃げ去る。
「わ、分かってるよ。同じクラスなんだもん」
その中くらいのと目を合わせるけど、次の言葉なんて出てこない。
数少ない男子生徒だ。
もちろん覚えて……。
「俺は門馬」
中くらいのが言った。
「で、こっちが五島で、こいつは石川」
「あはは、もちろん知ってたさ! 覚えてるっつーの」
丸っこい五島くんはにこにこ笑って、細っこい石川くんはぺこりと頭を下げた。
「これからよろしく」
プイと横を向いた中くらいの横顔は、少し赤らんでいるようにも見えた。
「学祭のときに、お前らを見たんだ。模擬戦してるとこ」
中くらいの門馬が言った。
「俺たちも一緒に来てたんだよ」
「かっこよかった」
丸い五島と細い石川も、そんなことを言う。
「おーい、もも! 入部届追加でもらってきて」
「了解!」
あたしは教室を飛び出した。
階段を駆け下りる。
放課後の学校ほど、楽しい場所なんてない。
生徒会室では、はーちゃんとしーちゃんも引き継ぎの真っ最中だった。
入部届を受け取る。
「そんないっぱい入部希望者が来たんだ。よかったね」
「うん。あ、そうだ……」
あたしは抱えていた小袋を差し出した。
「コレ、差し入れ。うちのママが焼いたクッキー」
「え? ももんちのケーキ屋さんの? いいの?」
「これから教室で、歓迎会するの。たくさん持って来てるから、大丈夫」
「ありがとう。みんなで食べるね」
生徒会室を出て、急いで教室に戻る。
渡り廊下の向こう、フェンス越しにあの女の子の姿が見えた。
彼女はグッと親指を突き立てる。
『グッドラック。幸運を。君の歩む先に幸あれ』
あたしはそれに、同じように親指を突き出す。
もう少ししたら、細木と堀川、小田っちも教室に来るんだ。
あたしはもう、自分の気持ちに嘘をつかなくていい。
「みんなー! クッキー食べよう!」
一緒に食べたそのクッキーは、甘い香りを辺りいっぱいに漂わせていた。
【完】
職員室でそんな大げさに手を振らなくっても、先生の席くらい知ってるってば。
「廃部の書類は揃った。これで大丈夫だ。問題ない。校長の許可もばっちり取れたぞ」
「凄いじゃん。頑張ったね」
細木はあたしを見上げる。
フンと鼻息を鳴らした。
「まぁこれは、事前に決まってたからな。で、こっちが新しい書類」
それを受け取って、目を通す。
びっしりと書き込まれた書類には、一カ所だけ空欄が残っていた。
細木は一つ、咳払いをする。
「そこを決めるのは、お前だと思って」
細木は顔を真っ赤にした。
自分でその顔をクラス日誌で隠す。
「俺はお前たちが仲良くしてくれているのもうれしいし、こうやって色々やらしてくれるのもうれしいし、ちゃんと頼ってくれるのもうれしい」
隠しきれていない耳とこめかみから顎にかけての部分が、本当に赤くて笑う。
「俺はずっと嫌われてると思ってたし、実際そうだったし、色々あったけど本当はずっと一緒に色々したかったし、これからもしたい」
日誌の横からちらりとのぞき込む。
「……お前が、それでもいいって言ってくれるなら……」
あたしは細木を見下ろす。
きっとこれまでのあたしだったら、何かもっと別の言葉を投げかけていたんだろうな。
「そうしてくれると、あたしもうれしい」
細木の座っている椅子が、ガタリと大きな音を立てた。
一瞬立ち上がった細木は、またすぐ腰を下ろす。
「あ、もも。お昼ご飯はもうちゃんと食べたか? 時間大丈夫? ちょっとこれを見てほしいんだけどさ、あとで他のみんなとも相談しておいてほしいんだけど、体育科の倉庫に残ってる残りの備品と使えるかなんだけど、調べてみたら……」
止まらないおしゃべりに、今度はあたしの方がどうしていいのか分からなくなってしまった。
「でね、俺はこっちもいいと思うんだけど、ももはどう思う? いや、もものしたいようにやってもらって全然いいんだけど。例えばね、こんなのもあって……」
「細木先生。もうその辺にしといたら」
職員室で美顔器をコロコロ顔に当てている堀川が、割り込んできた。
「ふふ。全く。小田っち2号の完成だ」
「小田っち2号?」
堀川はコロコロで細木を指さす。
「ずっと我慢してたのは知ってるけど、あんまり構い過ぎるとまた嫌がられるよ」
「えっ」
そう言われた細木の顔は、みるみる青ざめてゆく。
「そ、そ……。んなことは……。あ、イヤ、何でもない」
途端に大人しくなって横を向いた細木に、あたしはため息をつく。
「別にもう嫌いになんかならないよ。この書類は持っていくね。学校の掲示板、あれでよかった?」
スマホを操作する。
事前に細木にチェックしてもらっていた、電子掲示板の画面を開いた。
「あぁ、いいよ。とってもよく出来てた。ももはこういうのも上手だったんだね。びっくりした。凄いよ」
「ならアップしとくね」
あたしは細木と堀川を振り返る。
「じゃ、放課後ね。時間があったら来て」
教室に戻って、一応は書類に目を通す。
グループメッセージで細木ともやりとりしてたから、まぁそのまんまだ。
何度も修正を加えたそれを、「公開」に設定した。
放課後になって、待ち構えていた桃たちと合流する。
「さっそくアップしてたね。見たよ」
桃が笑った。
「細木からもらったか? ももがやると後で直すのが面倒くさいから、俺がやる」
浦島はあたしから書類を奪いとる。
「お疲れさま。ようやくこれからが、本当の本番だね」
金太郎の優雅に微笑む仕草に、あたしはニッと笑顔で返す。
「そうだよ。忙しくなると思うけど、みんなよろしくね」
新しく借りた教室に、あたしたちは集まっていた。
「で、どうするの?」
いっちーは頭を悩ませている。
「『鬼退治』ってのを、他の表現に変えるってことでしょ。鬼退治って、そもそもなに?」
『鬼退治部』は廃部になったけど、あたしたちは廃部にはしなかった。
『鬼退治』という名称を変更して、新しい部を作ることにしたのだ。
それを皆で考えてる。
「じゃ、これでいいね」
あたしは細木の残した最後の空欄に、その名前を書いた。
まだ正式認定されたわけじゃないから、(仮)だけど。
教室の扉が開いた。
「三年でも入部出来るって、本当?」
中くらいのだ。
その後ろには丸いのと細いのもいる。
「俺たちさ、前の学校で部活入ってたんだけど、転校したからね。このまま卒業するのもさみしいなーと思ってて」
その後ろからも、数人の女の子たちの姿が見えた。
「私たちもいいのかな」
「もちろん! 大歓迎だよ!」
よかった。本当によかった。
気がつけば、入部希望者は一年だけじゃない。
あふれかえったにぎやかな教室の中で、あたしはうれしくなる。
中くらいのが近づいてきた。
「花田……な、ところでさ。お前、俺たちの名前ちゃんと覚えてる?」
「え? えぇっと……」
ちらりと横を見る。
助けを求めたいっちーは、ただただ呆れた顔をした。
さーちゃんはニヤニヤとこっちを見ていて、キジは桃たちのところへ逃げ去る。
「わ、分かってるよ。同じクラスなんだもん」
その中くらいのと目を合わせるけど、次の言葉なんて出てこない。
数少ない男子生徒だ。
もちろん覚えて……。
「俺は門馬」
中くらいのが言った。
「で、こっちが五島で、こいつは石川」
「あはは、もちろん知ってたさ! 覚えてるっつーの」
丸っこい五島くんはにこにこ笑って、細っこい石川くんはぺこりと頭を下げた。
「これからよろしく」
プイと横を向いた中くらいの横顔は、少し赤らんでいるようにも見えた。
「学祭のときに、お前らを見たんだ。模擬戦してるとこ」
中くらいの門馬が言った。
「俺たちも一緒に来てたんだよ」
「かっこよかった」
丸い五島と細い石川も、そんなことを言う。
「おーい、もも! 入部届追加でもらってきて」
「了解!」
あたしは教室を飛び出した。
階段を駆け下りる。
放課後の学校ほど、楽しい場所なんてない。
生徒会室では、はーちゃんとしーちゃんも引き継ぎの真っ最中だった。
入部届を受け取る。
「そんないっぱい入部希望者が来たんだ。よかったね」
「うん。あ、そうだ……」
あたしは抱えていた小袋を差し出した。
「コレ、差し入れ。うちのママが焼いたクッキー」
「え? ももんちのケーキ屋さんの? いいの?」
「これから教室で、歓迎会するの。たくさん持って来てるから、大丈夫」
「ありがとう。みんなで食べるね」
生徒会室を出て、急いで教室に戻る。
渡り廊下の向こう、フェンス越しにあの女の子の姿が見えた。
彼女はグッと親指を突き立てる。
『グッドラック。幸運を。君の歩む先に幸あれ』
あたしはそれに、同じように親指を突き出す。
もう少ししたら、細木と堀川、小田っちも教室に来るんだ。
あたしはもう、自分の気持ちに嘘をつかなくていい。
「みんなー! クッキー食べよう!」
一緒に食べたそのクッキーは、甘い香りを辺りいっぱいに漂わせていた。
【完】