共学化と同時に植えられた桜の若木は、すっかり花を落としてしまった。

今は青くみずみずしい若葉を精一杯に広げている。

「おはよー」

 朝の風があたしの前髪を揺らした。

たった一つの唯一の門だったものが、今は正門と名前を変えている。

その重厚な扉と柱だけは、元の姿のまま残されていた。

変わらないその姿は、この学校の新しいシンボルだ。

柔らかなミルクティー色の背中が見えた。

「いっちー!」

 振り返った彼女に、そのまま飛びつく。

「もうよくなったの?」

「うん。そんなたいしたことなかったから」

「よかった」

「ももは?」

「あたしも平気だよ」

 変なの。

入院中も退院してからも、休校中だってずっとSNSで連絡取り合ってたのに、実際に会ってもまた同じ話をしている。

いっちーと目が合った。

一緒に笑い出す。

「おー! ももたちも早いね」

 その声に振り返る。

「え? さーちゃん?」

 肩まで伸ばしていた髪が、また元の丸坊主に戻っていた。

「伸ばすのやめたの?」

「いや、そうでもないんだけど、やっぱ一回この頭に慣れちゃうと、他の髪型出来ないんだよねー」

 そう言って、自分の頭を撫でる。

その隣でキジはため息をついた。

「知らない人が見たら、罰ゲームさせられてるみたいだから、私は嫌だって言ったんだけど」

「今だけだよ、きっと。こんなこと出来んのも」

 さーちゃんが笑う。

あたしはそんな彼女にも抱きついた。

「なになに? もも、急にどうした?」

「ううん。なんか急に、こうやってしたくなっただけ」

 こんどはキジ。

キジにも抱きついたら、呆れたように笑いながらも、やっぱり抱きしめてくれた。

久しぶりの学校は、それだけでなんだかドキドキする。

「で、本当にそうするの?」

 いっちーはあたしに尋ねた。

「うん。みんなで話し合ったでしょ」

 鬼退治部の部活用アカウントは、公開停止処分を受けたものの、中身は生きていた。

そこで作っていたグループで、この休校中もずっとやりとりをしていた。

あとはそれを実行に移すだけ。

いっちーはあたしを見てそっと微笑む。

そんな表情になぜか、あたしの方が照れちゃったりなんかしちゃったりして。

「なに?」

「ううん。何でもない」

 朝のホームルームが始まって、細木が教室に入ってきた。

いつものクソダサジャージも変わっていない。

何があったのか、噂でしか話しを聞いていなかった他の生徒たちが、心配して細木に群がっている。

一瞬そんな先生と目が合ったような気がしたけど、気にしない。

次の休み時間には、廊下で桃たちとも合流した。

「もも、刀はやっぱり学校に残すの?」

「うん。今はあたしが持つけどね。残しておくべきなのは、あたしじゃなくてこの場所だと思うから」

 自分のものにしてしまうのは簡単だけど、それを誰かに受け継いでいくことの方が、本当は難しいんだ。

あたしは受け取ったこの刀を、次に渡せるような人を見つけなければならない。

ちゃんと守り、育ててくれるような人を……。

「俺たちはもう返しちゃったけど」

 浦島がつぶやく。

「だけど、後悔はしてないよ」

「うん」

 あたしは浦島を見上げる。

「それでいいと思ってるよ」

 金太郎は浦島の肩に腕を置いた。

あたしをのぞき込む。

「で、細木先生はどうだった?」

「別に」

 チャイムが鳴った。

人の波が動き出す。

あたしは笑っている。

「昼休みに職員室来いって言われてる」

「そっか」

 桃もにっこりと微笑んだ。

「いってらっしゃい」

 退屈な授業も、しばらく離れてみたらそのありがたみが身にしみる。

窓から見下ろす壁のない風景にも、すっかり慣れてしまった。

目を閉じると、校庭で体育をしている声が聞こえる。

そんなのも心地良い。

昼休みがやって来て、あたしは職員室へと向かう。