「もう点は取らせないって言ったでしょ」

 得意げに見上げる彼女を、いっちーは無言で見下ろす。

キックオフからの再開。

いっちーは転がってきたボールを足裏で押さえつけた。

「私、あんたみたいな調子いいの、大嫌いなんだよね」

 束ねた髪が大きく揺れる。

後ろに振り上げられた足が、豪快にボールを蹴った。

宙を舞う白と黒のボールを目指して、ピッチにいる全員が走り始める。

いっちーの走る目前に、猿木沢さんの背中が立ち塞がった。

「邪魔!」

 押しのけようとするいっちーの進路を、坊主頭が妨害している。

落下地点を巡っての争いは、猿木沢さんに軍配が上がった。

いっちーに押しのけられる前に、彼女はポンとボールをパスする。

いっちーの腕が彼女の背に触れるか触れないかのタイミングで、猿木沢さんは転んだ。

「ご、ゴメン。大丈夫?」

 いっちーの足が止まった。

それでもボールは進み続ける。

いっちーの差し出した手に、彼女は笑った。

「あんたって、本当にバカだよね」

 ゴールを知らせるホイッスルが聞こえる。

猿木沢さんは何事もなかったかのように立ち上がった。

「ワザと転んだだけですけど?」

 その瞬間、いっちーの平手打ちが周囲にこだまする。

猿木沢さんはぶたれた頬を押さえている。

「何すんのよ!」

 同じようにやり返す彼女の手も、いっちーの頬をぶった。

あっという間に取っ組み合いの喧嘩が始まる。

二組と三組の仲間が取り囲んだ。

ヤジを飛ばしてあおり立てている。

殴りかかってきた猿木沢さんのパンチを簡単に受け止めると、いっちーは正拳突きに型を構えた。

「やめな」

 あたしはそのいっちーの腕をつかむ。

「いっちーあんたさ、武道やってんだったら、そんなことしちゃダメだろ」

「……。フン。こんなの相手に本気出すわけないし」

 いっちーは舌打ちをして腕を下ろす。

「あんたのそういう態度が気に入らないんだよ!」

 猿木沢さんの手が伸びる。

いっちーの胸ぐらをつかもうとして、それは失敗した。

彼女を後ろから三組の連中が押さえつけている。

「さーちゃんもういいよ」

「あんな脳筋、相手にすんなって」

「ちょ、いまなんて……!」

「だからやめなって」

 あたしは再び吠えつこうとしたいっちーの腕をつかんで、そこから引き離す。

「おいでよ。口の端切れてんでしょ。保健室行こ」

「余計なお世話だ」

 その手はあっさりと振り払われた。

一人で歩き出したいっちーの背中を、あたしは追いかける。

「来んなよ」

「勝手についてきただけだし」

 高い塀で囲まれた校内の空を見上げる。

振り返ると次の試合が始まっていた。

さっきまで殴り合いの喧嘩をしていた猿木沢さんが、今度は最初からピッチに入っている。

元気に走り回る彼女を見て、あたしはちょっぴり安心した。

「……。遅刻してきたのに、私について来たら試合出られないじゃん」

「なに? もしかして気ぃ使ってくれてんの?」

 いっちーはそんなあたしを無視して歩き出した。

外から直結している保健室のドアをガチンと勢いよく開く。

保健の先生は不在で、勝手に上がり込んだいっちーはすぐに備品をあさり始めた。

ベッドのカーテンが開く。

長い黒髪の女の子が顔をのぞかせた。