それはとてもとても小さな扱いで、あたしは学校に来るまで、本当に全く知らなかった。

「もも、今日のニュース見た?」

「へ?」

 そんなもん、見てるわけない。

ケーキ屋さんである我が家は朝早くから仕込みに追われていて、大きくなってからのあたしは、ずっと独りで好きなネット動画を見ながら朝ご飯食べてる。

「なにが?」

「そんなことだろうと思ってた」

 いっちーはスマホでニュースサイトを開く。

さーちゃんとキジも来ていた。桃たちもだ。

見せられたそのニュースサイトヘッドラインには『鬼退治優遇政策 条例廃止が決定』の文字が浮かぶ。

「は? なにコレ!」

 あたしはそれを奪いとった。

【政府は時代にそぐわなくなったとして、鬼退治関連法の廃止に関する法律の制定を決定した。これによって、各自治体における当該条例の廃止及び、改定を検討するよう求めており、400年続いた我が国の鬼退治の歴史に終止符が打たれることになる。今後も国として鬼に対する監視と警戒を続け、平和で安全な社会の形成に邁進していくと伝えている。軽減される予算の使い道として、地域安全対策費として使われる予定だと説明した】

「ちょ、待って。どういうこと?」

 血の気が引くというのを、あたしは生まれて初めて体験した。

浦島はため息をつく。

「もう十年以上も前に協会は解散している。この事態は予見出来た」

 金太郎は腰の刀に手を置くと、その柄に手を滑らせる。

「ついにこいつともお別れか。短い間だったけど、俺が最後の持ち主になるとは思わなかったな」

 そうやってすました顔で別れを惜しんでいる。

は? コイツらは何を言ってるんだ? 

「鬼退治用の刀所持登録者に、警察から返納の知らせが届いてるんだ。期限内なら返納手続きが簡素化されるっぽいし……」

 桃までもが、そんなことを言っている。

「返しに行くの?」

 3人は申し合わせたように顔を合わせた。

「うん」

「返さなかったら、どうなるの?」

「別にどうにもならないけどね。普通の日本刀と同じ扱いになって、警察の管轄からは外れる。鬼退治のは色々と制限があって面倒くさかったから、ちょうどいいのかも」

「普段から持ち歩く分、制限が多かったからな」

 浦島は刀を腰から外した。

「今日の放課後には、そろって提出しにいくつもりだ」

「今日? そんなに早く?」

 チャイムが鳴った。

あたしはまだ上手く息も出来ないのに、自分以外の他の人たちは全然平気みたいで普通に動いている。

「もも、もう行かないと。授業が始まっちゃうよ」

 いっちーは校舎を振り返る。

あたしはまだ立ち上がれない。

「え? いっちーは、それでいいの?」

 彼女はその凜々しい顔立ちで、うずくまるあたしを見下ろした。

「……。私が決められることじゃないから」

 いっちーの髪からは、いつもと同じいい匂いがする。

「もも、とりあえず教室に行こう」

 さーちゃんが手をとり、引き上げてくれた。

キジも寄り添ってくれる。

あたしは先を歩くいっちーの、揺れる長い髪に歯をくいしばる。

「いっちー! あの……!」

「もも。それは言っちゃダメ」

 二人はあたしを止めた。

「いっちーも誰も、悪くないよ」

 さーちゃんの肩まで伸ばした髪が、あたしの鼻先をくすぐる。

キジは横顔まで落ち着き払っていた。

いっちーのミルクティー色の髪は、一瞬あたしを振り返っただけで、そのまま行ってしまう。

昼休みには当然のように、細木はあたしを呼び出した。

「鬼退治部の廃部が決まった」

 淡々と話すその頭を、あたしはじっと見下ろしている。

細木は机の上でまとめた廃部のための書類を、あたしに突き出した。

からかい半分で冗談みたいに、バカにして笑いながらうれしそうに上から言ってくるのかと思っていたのに、これじゃこっちの調子が狂う。

「これからどうするのかは、お前が決めろ」

 あたしはただ細木を見下ろす。

ずっと黙っていたら、ようやくこっちを見上げた。

「ん? どうした。ほら、さっさと受け取れ」

 乱暴に差し出されたそれを、ひったくるようにバサリとつかみ取った。

細木はため息をつく。

「俺が口出しするのは、お前は気に入らないんだろう?」

「廃部になってよかったですね」

「お前がそんなことを言うんだ」

「うれしいのはあんたでしょ」

「……。あぁ、そうだったな」

 細木はあたしには知らんぷりで、集められた何かの予定表の細長い紙切れを目の前で整理している。

「なんか言うことないの」

「あるわけねぇだろ。用がないなら、さっさと出て行け」

 そうだ。

間違えちゃいけない。

あたしのいるべきところは、ここじゃない。

細木に背を向け、職員室を出る。

そこまでが限界だった。