「先生たちも巡回してるけど、ももたちもお願いできるかな」

「分かった」

「いっちーと二人でね。絶対一人になっちゃダメだよ」

 深く息を吸ってから、ゆっくりとそれを吐き出した。

あたしはこん棒の位置を確認する。

いっちーと目を合わせた。

「よし。行こう」

「任せろ」

 ウォーミングアップは出来ている。

さっきまでの緊張とは、全く意味が違う。

あたしは巡回中の腕章に手を触れた。

この校内でそんなこと、絶対に許さない。

 賑わう教室一つ一つを、丁寧に見て回る。

あたしの傷は疼いていなかった。

出入りの激しい学祭の最中で騒ぎ立てるわけにもいかず、笑顔を振りまきながら慎重に見て回る。

「あれ? どうしたの、二人とも」

 さーちゃんとキジだ。

さーちゃんの頭が坊主に戻ってるから、今は休憩中らしい。

「鬼が入り込んだって」

 声を潜めて、そうささやく。

さーちゃんとキジの顔色も変わった。

「その巡回中の腕章はもうないの? あるなら貸してくれない?」

 キジが言う。

あたしはポケットから余っていたそれを取り出した。

「あるけど、いいの?」

「仕方ないじゃない。鬼が出たと聞いて、黙ってはいられない」

 キジは腕に腕章を通した。

「ベルトとこん棒は?」

「体育科準備室横の倉庫に入ってる」

 鍵も渡す。

さーちゃんは食べていたパイナップルを平らげた。

「しょうがないな」

 その串をくわえたまま、ニッと笑った。

「協力してやんよ」

「腕章つけてれば、他の人も分かってくれると思う」

「了解」

 さーちゃんとキジが味方になってくれるなら、心強い。

はーちゃんとしーちゃんだけでなく、あたしの見知らぬ生徒の腕にも『巡回中』の腕章がついている。

あたしはこん棒の柄を、もう一度しっかりと握りしめた。

「絶対にぶっ殺す」

 イベント会場になっている校舎の中は全部見た。

あとは屋外会場だけだ。

一旦校舎の外に出る。

遠くに見かけたクソダサ青ジャージの細木も、腕に腕章をつけていた。

まぁ先生ならみんなつけてるか。

ぐるりと一周してみたけど、特に気になるところもない。

「もう一回校舎に戻って、トイレとか見て回る?」

 いっちーはスマホをとりだした。

「あ、ダメだ。鬼検索アプリ、終わってたわ」

 中庭から校舎を見上げた。

賑やかに飾り付けられた、いつもとは全く違う落ち着かない校内に、あたしの胸も騒ぐ。

「もう一回全体を回ろう」

 鬼の気配を探っている。

嗅覚を働かせるように、感性を研ぎ澄ます。

人の多すぎるせいか、腕の傷はなにも教えてはくれない。

「一花! ももちゃん」

 桃たちがやって来た。

彼らの顔にも緊張が見られる。

鬼退治の公認刀をぶら下げているんだ。

連絡は入ってるか。

「見つけた?」

 桃は首を横に振った。

「こればっかりは、対面しないとどうしようもない」

 時計を見上げる。

一般公開の時間は3時までだ。

間もなく2時半になろうとしていた。

「それまでに見つかるかな」

「出来れば何事もなく、退散してくれることを願うね」

 巡回のため桃たちと別れる。

すぐに一般公開終了を知らせるアナウンスが入った。

それと同時に、人々の波は引き始める。

屋台や出し物の片付けも始まった。

本当にこのまま退いてくれるかな。

「後で被害の報告がなければいいんだけど」

 いっちーのスマホに連絡が入った。

桃たちは学園を後にしたらしい。

在校生だけの後夜祭準備が慌ただしく始まっている。

疼かない傷に、あたしは少しほっとしている。

一般公開が終了して、在校生以外は全員が外に出た。

正門の高い鋼鉄門が閉じられるのを見届けると、ようやくその緊張を一段階解く。

腕章をつけた先生や生徒会メンバーも、全員がそこに集まっていた。

小田っちがあたしたちに声をかける。

「よっ。無事だったか?」

「せんせ~い!」

 うっかり涙声になってしまった。

「もう大丈夫だ。俺が保証する」

 あたしは鼻水をすする。

「だけどな、このこん棒ぶら下げている以上、いつでも気ぃ引き締めとけよ」

「はーい」

 ぞろぞろと引き上げていく先生たちの間に、細木と堀川の姿もあった。

あたしはなぜだかそれに、またちょっとだけ不安と安心を覚える。

「もも。後夜祭行こう」

 だけど、いっちーにも笑顔が戻ったし、ヘンな心配はさせたくない。

あたしは元気よくそれに笑顔を返した。

「うん! さーちゃんとキジも誘おう」

 屋外の特設ステージに先生たちが上がった。

そこには細木の姿もあって、相変わらず生徒からヘンな笑いを奪っている。

湧き上がる会場のなかで、なんだか言葉にならない不安と緊張を抱えていることに、あたしは気づいた。