その平和な学校が、ある朝突然大変なことになっていた。

「なにコレ……」

 うちのシンボルでもあった学校をぐるりと取り囲む高い城壁に、細い足場がびっしりと組まれている。

「学校からの連絡見てないの?」

 キジだ。

「老朽化が進んで、周辺住民からの苦情が多かったんだって。崩壊の危険があるって。それで解体工事が始まったらしいよ」

「壊されんの?」

「さぁ」

 焦げ茶色のレンガにまとわりつくそれは、チョコレートを食べに来たシロアリみたい。

「来年度の共学スタートに合わせて、この壁も撤廃するんだって」

「……。シロアリはチョコ食べないか」

「工事のこと?」

「うん」

「私は分解者が蜘蛛の巣みたいに菌糸を張り巡らせたように見えるわ」

「……。え?」

「なんでもない。気にしないで」

 崩れてゆく城壁の、その壁で守られたお城の中へ、登校してきた女生徒たちは次々と吸い込まれてゆく。

「おはよう」

 いっちーも来た。

いっちーは日本刀をぶら下げた桃と一緒に立っている。

「おはよう」

 こん棒のいっちーはいつになく妙に機嫌が悪い。

「どうかした?」

「別に。キジ、こないだの公園の女の子のこと、ありがとう」

「ねぇももちゃん。この辺りで鬼が出たって本当?」

 真剣な表情で、桃はあたしに尋ねる。

「アプリに情報上がってて、びっくりした。こないだ俺たちが巡回した直後だよね」

 あたしはチラリといっちーの顔色をうかがう。

「あぁ、……うん。それで……、心配して、いっちーについて来たの?」

 彼は顔を真っ赤にした。

「べ、別にそういうわけじゃないんだけど、鬼が出たっていうから……」

 ため息をついたのはキジだった。

「平気でしょ、いっちーだし。私たちもいたんだから」

 キジは普段の柔らかで優雅な物腰とは全く違う、ガチガチに硬直したような冷淡な物言いで桃を突き放す。

「君も鬼退治サークルのメンバー?」

 そう聞かれたキジは、桃を見上げた。

「……そうかもね。早く自分の学校行ったら?」

 桃は「一花をよろしくね」と言い残し、いそいそと背を向けた。

いっちーは吐き捨てるようにつぶやく。

「アイツ、結局私を分かってないんだよ」

「どういうこと?」

「自分の見たいようにしか見てないってこと」

「誤解してるってこと?」

 いっちーはそれには答えない。

校内に向かって歩き出した。

「そうだと思う」

 そのいっちーの代わりに、キジが答える。

「あぁいうのは、大嫌い」

 キジも歩き出した。

彼女の長い黒髪が風に揺れる。

「早く教室に入らないと、ホームルームが始まっちゃうよ」

 その日のクラスでは、学園祭の話しになった。

「ももはどうすんの?」

「悪いけど、あたしは鬼退治サークルの方があるから、裏方で」

 そうだ。

立ち上げたばかりでまだ認知すらされてないサークルを、おもいっきり宣伝しないと。

そんでもって来年度入学してくる新入生を集めないことには、せっかく起ち上げたこのサークルも、速攻でお終いになってしまう。

「いっちー。あたしたちもなんか考えよう」

「だね」

 クラスのことはクラスに任せておいて、自分たちの作戦を練る。

出来るだけ目立つようにしたい。

あたしたちは考えに考えた末、学校敷地内の空きスペースを利用して、チャンバラ対決をすることにした。

対戦者はあたしかいっちーを選んで勝負する。

道具はこん棒のみ。

鬼退治サークルの校内周知と勧誘が最大の目的だ。

「今年は一般公開するんだって。文化祭」

「え? 在校生のみじゃないの?」

「来年度の共学化に向けて、転入生も受け入れるらしいから、当日は在校生の関係者や他校の生徒も入れるって」

 毎年中学生の参加は認められてきた。

中学生相手の剣技ならといいと思ったのに……。

「もも、どうする?」

「それでも、やるしかないっしょ。適当にルール決めて、時間制限つけよう」

 あたしたちはこれから鬼と対峙しようとしているんだ。

怖いものなんてない。

「いっちー。とにかく練習あるのみだよ」

「了解」

 クラスの出し物はお祭り屋台。

ヨーヨー釣りに綿アメとチョコバナナだって。

準備はお手伝いして、当日の当番はいっちーと時間を合わせてもらう。

学祭までの空いた時間はずっと剣術の稽古をして、当日のチャンバラ対決の時間も決めた。