お日さまが傾きかけてるから、道を急がなくっちゃいけない。

さっき桃たちと巡回したコースからは、少し離れた場所にある公園だ。

小さな遊具がいくつか置かれた公園のベンチに、彼女は座っていた。

真っ赤な夕陽に照らされるミルクティー色の髪が、今は赤茶けて見える。

一人ぽつんと小さくなっている彼女の前に駆け出した。

「……私、ももとケンカしたいわけじゃないの」

「うん。分かってる」

 切らせた息の、呼吸を整える。

うつむいたいっちーの頭と前髪しか見えない。

「ごめんなさい」

「私も。ごめんね」

 いっちーは必要ないとかいらないとか、そういうことじゃなくって、変な劣等感を引きずりながら、辛い思いをしてまでやらなくてもいいってことが言いたかった。

あたしたちはスーパーマンじゃないから、空を飛んだり火を噴き出したりして敵をなぎ倒すことは出来なくて、それでも誰かの後ろに立っているのが嫌なだけ。

どうしたって勝てないって分かってる世界で、負け続けてたって、それでも立っていたい。

自分が誰かに守られていないと生きて行けない世界だなんて、そんなのは誰にとっても優しい世界じゃない。

「武器を持たなくても、誰かに盾になってもらわなくても、すきに歩けるようになりたい」

「それがももの鬼退治の理由?」

「そうだよ」

 立ち上がったいっちーの腕が、あたしの肩に回った。

「私は家の道場で、ただみんなを見ているだけだった。自分にも出来ることをすればいいと思って、お茶の用意とかお掃除とかしてた。だけど本当はね、私も剣をとって戦いたかったんだ。それを思い出させてくれたのは、ももだから」

「うん」

 いっちーを抱きしめる。

彼女も同じ強さで返してくれた。

あたしに、いっちーがいてくれて本当によかった。

「全く。なんなの?」

 一緒に来てくれたさーちゃんがため息をつく。

「ホント、人騒がせね」

 その隣でキジも微笑んだ。

「あ、ありがとう……」

 だけどやっぱり、この二人が付いてきてくれなかったら、あたしは怖くていっちーに会いに来れなかったと思うんだ。

「あの……。ちょっとすみません……」

 ふいに声がかかった。

見ると小さな女の子が震えながら立っている。

「も、もしかして、鬼退治してる?」

「そうだよ」

「してるよ」

「あのね、さっきそこで……」

 彼女の指す方向を振り返る。

「なんだよ俺は鬼じゃねぇぞ、人間だ!」

 20代前半から30代くらいの男が立っていた。

あたしは腰のこん棒を抜く。

「ここで何してんの。この子の知り合い?」

「そんなの知るわけねーだろ、バーカ! 勝手に正義のヒーローごっこでもしてろや!」

 その場に唾を吐き捨て、何かを怒鳴りながら立ち去る。

「あの人になんかされた?」

 女の子は首を横に振る。

「ううん。何にもされてない。……。ただ、ちょっと怖かっただけ」

「そっか」

 キジは小さな女の子の前にしゃがみ込むと、彼女に手を差し出した。

「もう大丈夫よ。心配しなくてもいいから」

 その手と手がしっかりと繋がる。

「キジ、いいの?」

「当たり前でしょ。その腕章だけでも貸してもらえる?」

 あたしは自分の腕章を外すとキジに渡した。

彼女は自らそれを腕に通す。

「いっちー」

「分かってる」

 さーちゃんの持って来たこん棒を受け取ると、ベルトを装着した。

「さーちゃんは?」

「キジについてく」

 女の子はさーちゃんとキジに任せることにして、あたしはいっちーと赤く染まりきった街へ駆けだした。

腕の傷が痛む。

あの子もこの痛みを知ってしまったのだろうか。

鬼らしき姿はどこにも見えない。

「検索アプリある?」

「見てるけど反応ない」

 どこへ消えたんだろう。

あの子の言う通り、確かにそこにいたはずなのに。

瞬時に現れては消える正体不明の鬼たちは、どこを探しても探しても簡単には見つからない。

辺りはすっかり暗くなってしまった。

流れる汗を拭う。

「いないね」

「これまでか」

 いっちーはスマホを取り出す。

「アプリに情報はあげとく」

「うん」

 あたしはこん棒をベルトに戻した。

ポケットのスマホが鳴る。

さーちゃんからだ。

「あの子はおうちに帰るバスに乗せたよ」

「そっか。ありがとう」

「あの子も、ももといっちーにお礼を言っといてだって」

「うん。ありがとう」

 通信を切る。

これでも少しは役に立てたのかな。

いっちーと目があって、彼女がそっと笑ってくれたから、あたしはちょっぴり安心する。

この腕はまだ疼いているけど、いっちーの肩も同じ痛みを感じているのだろうか。

「一人で帰れる?」

 そう聞いたら、彼女は笑った。

「だって、一人で帰らなきゃ」

 電車に乗った。

もう慣れてきたのか、こん棒を持つあたしをジロジロと見てくる人もいない。

あたしたちの負ったような傷を、どうかあの子も受け継いでいませんように。

そう願いながら電車に揺られていた。