スマホの地図アプリを起ち上げ、巡回ルートを話合いながら歩く。

放課後に解放される大きな門扉はその口を開いたままで、午後3時という時間はあたしたちが鬼退治をするには平和過ぎたみたいだ。

すれ違うオバさんは眉をひそめたりプッと吹き出したりで、小学生の群れはこっちを指さしてヤジを飛ばし続け、違う制服の女子高生は声を上げて笑った。

駅前に出ると、道行く人たちの視線をそれまで以上により多く集めているのが分かる。

人々はあたしたちをチラリと見てすぐに視線を外した。

駅バァは大声を上げる。

「まーたお前らは、悪いこと考えてるんか! なんじゃあ汚い目ぇしくさって!」

 あたしはため息をつく。

「駅バァは今日も元気だな」

「そんなはしたない薄汚い格好までして恥ずかしい! なにが鬼退治じゃバカモンが!」

 クスクスという笑い声がすぐ側から聞こえてくる。

大学生っぽい男女のクループが、チラチラと視線を投げかける。

「もも……」

 いっちーはあたしの肩に手を置いた。

「私は、私たちがこうやってここに立っていることに、意味のあるんだと思ってる」

「うん。あたしもそう思ってるよ」

 あたしより少し背の高いいっちーのミルクティー色の髪が、まっすぐさらさらと流れる。

「ね、もう少しまわ……」

 いっちーの視線がピタリと止まった。

駅の改札から広場へ降りてくる階段に、日本刀をぶら下げた男の子たちの姿が見える。

「一花」

 三人組の一人がいっちーに手を振った。

いっちーの眉がピクリと動く。

「本当に鬼退治始めたんだね」

 うれしそうに駆け寄ったこの男には見覚えがある。

「あ、自分が一花を誘ってくれた友達?」

「ももよ」

「俺も桃、桃太郎」

 にこっと笑った黒髪のその笑顔は、人なつっこいだけじゃなくて、かわいげまである。

「いっちーの道場の人?」

「そうだよ」

 金髪サラサラ肩までロングの王子キャラは金太郎で、一番背の高いつり目は浦島だって。

「いっちーの仲間か」

「なんでこんな所まで来たの?」

 彼女の問いかけに、桃は答える。

「気になったからだよ。一花が鬼退治始めたって言うし。確か前にもここで会ったよね。この辺りは俺たちの巡回地域なんだ」

 彼らの腰には正式な鬼退治専用の刀がぶら下がる。

「協会に認められてるってことだよね」

「もう絶滅危惧種って言われてるけど」

 桃は腰の刀に手を置いた。

「だけど、俺はそれでいいと思ってるよ。俺たちの出番がなくなることが、ゴールだと思ってるから」

 金太郎と浦島もうなずいた。

「瑶林は女子校でしょ。鬼は自分より弱い者に狙いをつけるからね。この周辺を警戒するのは、正解だと思う」

 桃といっちーは並んで歩き出す。

どうやら一緒に回ってくれるらしい。

金太郎と浦島はあたしを真ん中に挟んだ。

「桃はね、一花ちゃんが心配で来てたんだよ。この辺で不審者情報もあるし」

「アイツ、見たまんまの不器用だからな」

 ヘンな距離感を保ちながら、二人の背中に先導されるように歩く。

あたしは不思議と気分が重くなってくる。

「瑶林って、来年度から共学になるって本当?」

 金太郎は言った。

「だったら俺、転入したいな」

「新入生募集の案内が入試情報にでてたな」

 そんな噂は前からあった。

少子化の中、いつまでも女子校のままでいるのは難しい。

あたしより随分と背の高い二人を見上げる。

「どうして鬼退治始めたの?」

 そう尋ねたら、浦島が答えた。

「俺は、どんなものにも負けない強さが欲しかった。鬼、あんたも見たことあんだろ?」

 うなずくあたしに、浦島は前を向いたまま続ける。

「もう誰にも、俺自身にも、あんな思いはさせたくない」

 金太郎はあたしをのぞき込む。

「泣いている女の子って、ほっとけないでしょ? 俺にとっての理由はそれだけ。桃も浦ちゃんも真面目だからね」

 笑った金太郎のその声に、桃といっちーは振り返った。

「なに? 何の話し?」

「俺らが鬼退治をやってる理由!」

「そんなの決まってる。仲間を守りたいからだ」

 桃の真っ直ぐで何一つ曇りない姿に、あたしはくらくらする。

小学生の男の子たちが彼らを見上げた。

「鬼退治してんの? すっげぇかっこいい!」

「頑張ってください」

 彼らはペコリと頭を下げた。

すれ違うオバさんはにこっと微笑んで会釈をする。

サラリーマンのおじさんは道を譲った。

こうして並んで歩いているだけなのに、見ている人たちの視線はまるで違う。