「ここにメモ書きして置いとけばいいよね」

「そうだね。分かってくれるっしょ」

 細木に教えられた連絡用メモを引きちぎる。

その印刷ミスの裏側に、『サークル設立の書類が出来ました。提出をお願いします。花田もも 犬山一花』と書いた。

「これでよし!」

 今日はもうこれで帰ろう。

あたしはいっちーと目を合わせ、ニッと微笑む。

いっちーも同じ笑顔を向けた。

「ね、アイス食べて帰ろう」

「うん」

 学校を出る。

まだまだ明るい空は気持ちよく晴れていて、爽やかな風も吹き抜ける。

いつものように駅前に陣取る駅バァは、今日も元気に暴言を吐く。

「まだそんなモン振り回しとったんか! 野蛮な女なんてもんはロクなもんじゃない。さっさとやめちまえぇ!」

 だけどそんなことも気にならないくらい、今は気分がいい。

「ね、もっとちゃんと練習メニューも考えよう」

「そうだね、今から相談しない?」

「いいね!」

 放課後のフードコートほど、あたしたちにふさわしい場所なんてこの世にはなくって、とにかくサークル活動の始まるのが、今は楽しみで楽しみで仕方がない。

夕方の混雑した小さな丸テーブルにいっちーと二人ノートを広げ、あれやこれやとこれからの活動計画を立てた。

 それから2、3日が過ぎた。

はーとしーの二人があたしたちに声をかける。

「ねぇ、サークル設立の書類、ちゃんと提出した?」

 昼休み、あたしはいっちーと協力してスマホゲームのラスボス攻略に忙しくて、今はそれどころじゃない。

「えぇ? こないだいっちーと一緒に小田っちんとこ持ってったよ」

「そうだけど、生徒会にまだ連絡が来てないよ」

「新サークルの設立書類って、そんなしょっちゅうあるもんなの?」

「いや、ないでしょ」

「ちょっとくらい時間かかんじゃないの? 校長の許可とかいるみたいだったし」

 だけどそれは提出期限を翌日に迎えても、まだ受理されていなかった。

はーとしーからの連絡を受け、あたしたちは職員室に乗り込む。

「どういうことですか!」

「どういうこともなにも、まだ書類だされてないんだもの、審査のしようがないじゃない」

「は?」

 堀川はすました顔で言い放つ。

「小田先生からなんにももらってなーい」

 あたしといっちーは速攻で体育科準備室へ向かった。

確かに提出をお願いしておいたはずなのに……。

無人の準備室の、その小田先生の机には、あたしが数日前に置いた状態そのままに書類とメモ書きが残されていた。

「ちょ、どういうこと?」

 遠くでガタリと音がする。

パッと振り返っても誰もいない。

あたしはいっちーとアイコンタクトを取る。

足音を忍ばせ音のした場所にそっと近寄ると、机の下をのぞき込んだ。

そこに隠れていた細木を捕まえる。

「小田先生は、いまどこにいますか!」

「い、いまはしっ……で……」

「はい?」

 声が小さすぎて、なんて言ってんのか目の前にいても聞こえない。

「……だから出張でいないって……」

「は?」

「指導員研修に行ってて、戻ってくるのは来週だし」

 おどおどと答え、震える指先でホワイトボードを指さした。

そこにはあたしたちがメモ書きを置いた日の二日前から、明後日土曜日までの二週間不在の文字があった。

「え……じゃあ、小田先生が学校に戻って来るのは……」

「つ、次の月曜日ですけど……」

「この書類、明日がしめきりなんですけど!」

「いや、そんなこと言われても……」

「今どこ!」

「き、キビヤマ市……」

「隣じゃん!」

 顧問の欄には、小田先生直筆のサインがある。

これで何とかならないものか。

もう一度職員室へ向かう。

「確かにサインはあるけど、肝心の小田先生に直接確認出来ないことには、承認出来ないでしょ」

「なんで?」

 その問いに、堀川は無言で見上げている。

「そ、そこは電話とか……」

 あたしたちがどれだけモジモジ言い訳しても、その表情は一切変わらない。

「期限はちゃんとあったはずよ。それに間に合わせることが出来ないようじゃ、所詮無理だったってことなんじゃない?」

 あたしは堀川を見下ろす。

怒りで全身が震えるのを、押さえつけるのも難しい。

「それは言いがかりみたいなもんじゃないんですか?」

「だってさ、それは本当に決まりなんだから、しょうがないじゃない。変なサークルをむやみやたらに乱立させないための決まりなんだから、当然でしょ」

 生徒手帳のページを見せられる。

そこには確かに、設立申請が受理されたのち、設立の許可を改めてとるようにと書かれてある。

「チャレンジは認める。だけど、実際に出来るかどうかは別ってことよ。期限は明日。どうするつもり?」

 あたしはない頭を使ってぐるぐる考える。

方法はいくつか思いつく。

だけど……。

職員室特有のざわめきのなか、堀川のついた軽すぎるため息と横を向いたキィという椅子の音が、あたしの何かを邪魔している。

堀川は生徒の提出したノートのチェックを始めていた。