「やるわね」

 着地したあたしは、こん棒を握る手の甲を舐める。

2対1では分が悪い。

「わたしも手伝う」

 いっちーがこん棒の柄に手をかけた。

「ダメよ。これはあたし1人でやる。だから見てて」

 優雅かつ無駄な動きのないバレエ部キジは、ルルヴェのつま先立ちから、右手を挙げ左膝を折り曲げたパッセの姿勢へ変わった。

手足を水平に伸ばしたアラベスクからの、腰を落とした前屈レヴェランスで落ちていたポンポンを拾う。

それを高く空中に放り投げた。

受け取ったさーちゃんは、そのポンポン二つを縦にして上下に激しく振る。

「さぁ、今度はどこへ飛ばそうか」

 キジの軽やかなステップがスタッカートを刻む。

あたしはこん棒を正眼に構え、ゆっくりと間合いをとる。

「鬼退治サークルを作りたいの。場所を貸してほしい」

「鬼退治なんて、特別にサークル作るほどのことでもないって言ったよね」

 さーちゃんが動いた。

両手を床につき倒立からの跳び蹴り。

すかさずポンポンは舞う。

「私たちはいつだって、鬼と戦ってる」

 飛び交うポンポンの影でキジは動く。

遮られた視界で、その動きは読みにくい。

「こん棒ぶら下げてる人間だけが、戦ってるわけじゃないし」

「それでも!」

 神経を研ぎ澄ます。

「こうしてこん棒ぶら下げて歩くことに意味があると思ってる。あたしは、『あたちたちは戦っています』っていう証明がほしい」

 左斜め前からさーちゃんの手刀が下りてくる! 

それをこん棒で受け止めた瞬間、ポンポンは耳を切り裂いた。

飛んでくるもう一つを避けようとするあたしに、容赦なく飛び交うキジの扇子が襲う。

「いらないでしょ。そんなの」

 さーちゃんからの回し蹴りが脇腹にクリーンヒット。

その衝撃に片膝をつく。

2人はあたしを見下ろした。

「誰にだって、知られたくない傷の1つや2つ、あるでしょ」

「それを晒してどうするの」

「こん棒も鬼退治サークルも、いらなくない。絶対!」

 水平に斬る。

パッと飛び退いたキジに、あたしはすかさず斬りかかる。

「自分は1人じゃないって、遠くからでも見てくれる子がいればそれでいい」

 彼女は身軽なステップと身のこなしで、華麗に剣先を避ける。

「こっちを忘れてない?」

 さーちゃんの倒立から振り下ろされた蹴りを、まともに食らった。

手からこん棒が吹き飛ぶ。

倒れ込み床に這いつくばったあたしは、傷だらけの拳を握りしめた。

「あたしは、その旗印になる。たとえ燃やされ、落とされ、汚されても、それでも一度は自分たち自身で戦ったんだって、証がほしいの」

「くだらないね」

「なんの役にも立たないじゃない」

 さーちゃんはこん棒を踏みつけた。

「意味ないね」

「同じ女の子なのに、そんなことを言うんだ……」

 腹の底が熱くなる。

あたしが戦わないといけないのは、本物の鬼だけじゃない。

もっと違う何かとも戦わなければいけないんだ。

 起き上がる勢いでの体当たり。

さーちゃんとキジはパッと避けた。

瞬時に拾い上げたこん棒へ向かってポンポンは飛ぶ。

弧を描き襲いかかるそれを、こん棒で叩き落とした。

滑るように光るそれは、カシャリと乾いた音を立て動きを止める。