「小田せんせー。聞いてよー」

「なんじゃこん棒担いで。ベルトはどうした?」

 おじいちゃん先生は基本的に、自分の興味があることにしか興味はない。

「鬼退治サークル作りたいんだけどさー。メンバーが集まんないのー」

「は? 鬼退治か。よし。ちょっとそこで待ってろ」

 腰にぶら下げた鍵の束から、体育科倉庫を開ける。

「うちにも昔は鬼退治部があってなぁ。それがまだ残っとるんじゃあ」

 小田ティーチャーが取り出したのは、校章入りの立派なベルトだった。

「ホレ、お前らにやる」

「マジで! いいの?」

「かまんじゃろ」

 そう言って先生は笑った。

あたしといっちーはそそくさとそれを装備する。

「昔はどこの学校にもあったんだけどなぁ。今はもう流行らんからなぁ」

「めっちゃカッコよ!」

「先生ありがとう!」

 やった。

本気でうれしい。

まさかこの学校の校章入りベルトが存在するなんて、思いもしなかった。

「サークルじゃなくて正式な部活みたい!」

「やばい、やる気出てきた」

 黒革のしっかりとしたベルトは、少し古風なデザインが逆に今っぽくてとてもよい。

何より制服によく似合う。

「おぉ、よく似合うな。頑張れよ」

「小田先生ありがとう!」

 あたしといっちーは走り出す。

何かもうこれだけで満足しちゃいそう。

職員室前の廊下にある、大きな鏡の前に立つ。

あれこれポーズをとって騒いでいたら、堀川が顔を出した。

「……。なにそれ。どっから持ってきたのよ」

「小田先生からもらった」

「まだいっぱい体育科倉庫にあったよ」

 堀川の視線は、じっと制服の上のベルトに注がれる。

深く息を吐いてから、眉間を押さえた。

「ま、いいわ。メンバーは集まったの? どうせまだなんでしょ。やれるもんならやってみなさい」

 堀川はあたしたちを鏡の前から追いやると、どこかへ行ってしまった。

「なんだ? アレ」

「感じワル」

 仕方なく教室に戻る。

堀川から渡されたサークル新規起ち上げ条件を、じっくりと読み返した。

「なんの部活にもサークルにも所属してない子って、知ってる?」

「完全な帰宅部ってことでしょ。そういう子って、大概他に名義貸したりしてるからなぁ」

「ねぇ。もも待って」

 いっちーが紙面を指さした。

「コレ。顧問の予定が堀川になってるよ」

「うっそ。それはない」

 堀川自身は別に好きでも嫌いでもなんともないけど、顧問となると話は別だ。

「誰が決めた?」

「校長? それとも堀川自身?」

 顔を見合わせる。

「確か顧問の先生って、こっちから頼めば誰でもよかったよね」

 生まれて初めて高校の生徒手帳、校則のページを開く。

「ほら、やっぱそうだ」

「登録許可書、堀川に内緒で新しいのもらってこよう」

 いま持っている書類は、あたしの机に突っ込んだ。

顧問のアテは決まっている。

生徒手帳によると、部活やサークルの管理は生徒会の所属になっている。

生徒会室なんて学校のどこにあるのか知らなかったけど、それも生徒手帳に書いてあった。

とても便利な手帳だ。

「失礼します」

 返事がして中に入る。

はーとしーの双子がいた。

「おいっす」

「ももじゃん。どうしたの?」

 あたしは事情を説明した。

「あぁ、そういうことなら、新しい書類あげる」

「で、メンバーは集まりそうなの?」

「掛け持ちはダメって言われて、ちょっと苦戦してる」

「掛け持ち?」

 はーとしーは同時に首をかしげた。

「そんな規則はないと思ったけど」

 はーちゃんは生徒会室の棚から、何かの冊子を取り出した。

「顧問の先生は生徒自身の依頼と許可でオッケーだし、メンバーも5人は必要だけど、掛け持ちかどうかは規定にないよ。主な活動場所の確保は必要だけど」

「ホントに? じゃあなんで堀川は、あんなことを言ったんだろ」

「さぁね」

「邪魔するつもり?」

 はーちゃんからしーちゃんの手に渡った何かの冊子は、ポンと元の位置に戻ってその棚の扉は閉じられる。

「つーかこのベルトなに? どうしたの?」

「めっちゃカッコイイ」

 あたしはいっちーと目を合わせ、ニッと微笑む。

「まぁね」

「小田っちからもらったんだ」

「いいね!」

「うん、いい!」

 はーとしーも一緒に笑う。

「頑張って」

「うまくいきますように!」

 新しい書類を手にしてしまえば、なんの問題ない。

小田っちを落とし込む計画も完璧だ。

あたしたちは廊下を猛ダッシュして、まっすぐに体育科倉庫へ向かう。

小田っちはやっぱり花壇の草むしりをしていた。

「先生! あたしたちの顧問になってください!」

 麦わら帽子のおじいちゃん先生は、くるりと振り返る。

「そりゃ知っとるぞ。確か顧問に国語の堀川先生がなっとったじゃろが」

「あたしたちは、先生に顧問になってほしいんです!」

 小田っちはじっとあたしたちを見つめる。

いっちーは真っ赤な顔をして、もじもじと秘密兵器を取り出した。

「あ、あの……これ。入部希望者のみんなから、やっぱり小田先生に顧問やってほしいって、寄せ書きしたんです」

 さっき購買部で買ってきたばかりの色紙だ。

名前を借りるついでに、こっちも書いてもらった。

製作時間正味15分の即席アイテム。

それを見た小田っちの顔がビシッと強ばる。

「先生、やっぱりみんな、小田先生がいいよねって」

「堀川先生も素敵なんですけど、いつもお世話になってる小田先生の方が、頼もしいかなって……」

「あ、あの……迷惑でしたか?」

 小田っちは動かない。

失敗だったか? 

そう思った瞬間、その頬に涙が流れた。

「……そうか。分かった。お前らがそんなに言うなら、ワシが顧問になっちゃる」

 しわしわの手で豪快に涙を拭う。

「しっかり頑張れよ!」

 やった! おだっちのピカピカ笑顔だ!

「はい!」

「全部書類が埋まったら、最後に持って来い。ワシがサインして提出しておくからな」

 笑顔で手を振られる。

あたしたちも思いっきり手を振った。

先生の姿が視界から消え、息を止めてワザと真っ赤にしていた顔から、ようやく深呼吸する。

「ちっ、やっぱ活動場所の確保まではしてくれないか」

「仕方ないね。ヘンに口出しされるよりかはマシだと思わないと」

 いっちーと目を合わせる。

勝負はこれからだ。