やりたいことのある放課後というやつは、どうしてこうも来るのが遅いのだろう。

終業のチャイムが鳴ると同時に、あたしは立ち上がった。

いっちーと肩を並べて進む廊下は、走っているのか踊っているのか分からないくらい。

「ねぇ、昨日送った動画、いいでしょ?」

「見た見た。一緒にアレ、やってみよう!」

 鬼と対峙したときの剣の使い方、振り方とその立ち回り。

昔と違って鬼退治をしようとする人は随分減ってしまったけど、それでも居なくなったわけじゃない。

鬼はいる。

姿は見えなくても、まだあちこちに。

 鬼退治サークル創立の申請はしているけど、まだ許可が下りているわけじゃない。

創立のための活動許可が下りたら規定に沿ってメンバーを5人以上集め、顧問の先生を探さなければならない。

全ての条件が整ってから再び審査を受け、それに合格してからようやくスタートだ。

 校舎裏の芝生に入り込むと、制服を脱ぎ捨てた。

スカートの下に元々半パンを着ていたから大丈夫。

3分で着替え終えたあたしたちは向かい合った。

「動画の初級編、その壱?」

「そっからだね」

 こん棒を振り下ろす。

ぶつかり合ったそれはカツンと小気味よい音をたてた。

空高くまで響き渡る。

「やだ、ゆっくりやらないと、ももに当てちゃいそう」

「寸止め寸止め」

 いっちーは空手ばかりでこん棒を持ったことはないって言ってたけど、道場でずっと練習している人たちを見ていたから、それなりに上手い。

基礎体力もかなりある。

あたしのはどれも独学の見よう見まねで、なんともならなかった。

すぐに腕もだるくなって、その場に座り込む。

「疲れるー」

 校内をぐるりと取り囲む赤茶色の高い壁は、いつでもあたしたちを守ってくれている。

もたれるとひんやりと冷たくて気持ちいい。

「見て。新発売のレモン炭酸」

 いっちーはペットボトルの新商品を取り出す。

蓋を開けると爽やかな炭酸が耳に弾けた。

あたしはリュックの中からお気に入りのミルクティーを取り出す。

「あ、うちから持って来たクッキーもあるよ。食べる?」

「ももんちの?」

 鬼退治の仲間が出来たってママに言ったら、一緒に食べなさいって持たせてくれた。

「わ、やった!」

 袋を開けたら、すぐに甘い匂いが漂う。

「おいしい」

「でしょ?」

 こうなってしまったら、もう誰にも止められない。

美味しいお菓子と気の合う友達がいれば、おしゃべりはどこまでも続く。

そっちに夢中になりすぎて、あたしたちは近づいてくる他の人の気配に気づいていなかった。

「ねぇ、サボってんのなら、ちょっと貸してよ」

 転がっていたこん棒を取り上げたのは、さーちゃんだ。

いっちーの舌がチッとなる。

「あんた鬼退治に興味ないんでしょ。だったら……」

「いっちー、ストップ」

 あたしはいっちーの次の言葉を遮る。

「ふん。あんたたちの頭が悪すぎるから興味あんのよ」

 彼女はこん棒を肩に担いだ。

「重た! 何コレ」

 そう言ってうれしそうに笑う。

「こんなの担いで振り回したって、体力じゃ鬼に勝てないよ」

 さーちゃんはニッとあたしたちを見下ろした。

「鬼のこと、ホントに知ってんの?」

「あたしはさ……」

「うるっさいな、興味ないなら来んなよ!」

 いっちーが吠えた。

「テメーに言われる筋合いはねぇ!」

 あたしはため息をつく。

それは彼女が一番言われたくない言葉。

「そうやってすぐに吠えるクセ、直しなって言ったよね」

 さーちゃんの挑発に、あっさり乗っかってしまう。

いっちーはこん棒を握りしめた。

「私は世界最強女子になるんだから!」

「あはは、なにそれ、おもしろーい」

「いっちー、あたしも! あたしも世界最強女子になる!」

「ももが世界最強になったら、私が世界最強になれないじゃん」

「えぇ、そこは一緒になろうよ」

「う……」

 顔を赤らめたいっちーは小さくうなずいた。

「うん。いいよ……」

「なに言ってんの、一番は私よ!」

 さーちゃんはこん棒を振り回す。

「あんたたちなんかに、絶対負けないんだから!」

 彼女はバトンのようにこん棒をくるくると回転させると、パッと脇に挟んでポーズを決めた。