「……あたしの勝ち」

 いっちーはそれでも動かなかった。

勝負はついた。

すぐにそれを脇に戻すとこん棒を下げる。

いっちーはもう、戦う気がなくなった? 

あたしは床にひざを付いて座ると、姿勢を正した。

「お願いします。一緒に鬼退治をしてください」

 指の先をきっちり丁寧に合わせ、深く頭を下げる。

彼女からの返答はない。

あたしはゆっくりと顔を上げ、彼女を見上げた。

いっちーは制服の上着に手をかけると、それを脱ぎ捨てた。

胸のリボンをほどき、シャツのボタンを外す。

はだけた胸から剥き出しの肩を晒して見せた。

「私のアザよ」

 彼女の白い肌が光に透ける。

いっちーの背後から伸びた醜い手が、彼女の肩をつかんだ。

太く長い指が細い肩をわしづかみにし、鋭い爪は肌を貫き切り裂く。

「この痛みが、あんたにも分かるって?」

 赤黒くくっきりと浮かぶその痕は今も鮮やかに、確かな痛みを持って彼女に疼き続けていた。

「私はね、いつもこの痛みを抱えてる。あんたと違って毎日毎日、朝起きたら、夜寝る時にも、何を見ても何を聞いても! 私のすぐ側にこいつらはいて、いつだって……『俺の存在を忘れるな』って……そうささやき続けて……」

 いっちーの頬を涙が伝った。

「鬼退治なんて、本当に出来るなんて思えない。私にもあんたにも、誰にも」

「その傷の存在を知っても、あんたのお父さんやその道場の奴らは、やっぱりいっちーには自分たちの背中に隠れとけって言うの?」

 あたしは立ち上がる。

彼女に近づき、その傷痕にそっと触れた。

「その傷を、今もまだ深くえぐり続けているものはなに?」

目を閉じる。

あたしは泣いているいっちーの額に自分の額をつける。

「大丈夫。あたしたちは戦える」

 彼女のむき出しになった肌を覆うためのブラウスのボタンを、一つ一つとめてあげる。

「悔しくはないの? ムカつかない? それで鬼退治が終わったら、どんな顔して『ありがとう』って言うの?」

 いっちーの涙は、いっちーだけの涙じゃない。

「あたしは弱くてマヌケでバカだから、殴られたら殴り返されても殴る。たとえ死んでもあいつらだけは許さない。あたしは自分の大切な人が誰かに殴られていたら、自分が死んでもやり返す」

 床に落とされたブレザーを拾い、肩にかけてあげる。

あたしはいっちーを抱きしめた。

「悪いのは、あたしやいっちーに傷をつけさせた鬼よ」

「本当に勝てると思ってる?」

「死んでも戦う。そうしないと、自分が後悔するから」

 あたしはいっちーに微笑んだ。

「あたしは自分のために戦うの。負け戦になるかもしれないけど、一緒に来てくれる?」

「頼りない」

「はは。いっちーが来てくれたら勝てるかも」

 彼女の腕が肩に回って、一緒に泣いた。あたしたちは独りじゃない。

「このこん棒、いっちーのだよ」

 差し出した鬼退治用のそれを、彼女は手に取った。

目と目が合って、彼女は静かに微笑む。

「全く。しょうがないな」

 そんな彼女の顔はとってもきれいだなと、あたしは改めてそう思った。