翌朝、いつもより早く起きて学校に行った。
いっちーを待ち伏せするつもりだったのに、すぐ見つかって逃げられる。
休み時間にも昼休みにも、授業中だって手紙回してもらったりなんかしてみたのに、いっちーは届いた手紙をそのまんまポケットにねじ込んで見てくれない。
こうなったらもう、出待ちを決め込むより仕方がない。
あたしは放課後の始まりを知らせるチャイムと同時に、リュックを背負い校門へ走った。
高い城壁に囲まれたこの学校に、門は一つしかない。
「お、正解」
入り口が一つなら出口も一つ。
あたしに気づいたいっちーは、露骨にイヤな顔をした。
「仕方ないじゃん、見つかっちゃうのは。ここしかないんだもん」
「ついてくんな」
「それは無理」
駅までの一直線の道を歩く。
風は少し冷たくて、目の前で揺れるいっちーの淡いミルクティー色の髪はサラサラしすぎていて、あたしはいっちーにつけられた傷のことを思う。
「まーた瑶林の生徒か! お前らはいっつもいっつもうるさいのぉ!」
駅バァだ。
うちの学校の制服を見ると、すぐ絡んでくる駅前の有名人。
私服で通ると何も言わない時もあるらしいから、別に誰か個人を特定してやってるわけでもないらしい。
とにかく目の前をうろつく他の女が大嫌いなバァさんだ。
「あんたらの散らかすゴミで、どれだけ周りが迷惑してると思ってんだ!」
いや、あたしら今ゴミとか捨ててないし。
どこに住んでいるのかとか、名前とかも誰も知らない。
ただいつも駅前広場の決まった場所に陣取り、引いてきた椅子型キャリアバックに腰掛け、目についた女を罵倒し続ける白髪のヨボヨボ婆さんだ。
「なんじゃその目は! 汚い足晒しよって!」
しわくちゃの拳を振り上げる。
カーッと喉を鳴らし、ペッと唾を吐いて威嚇してくる。
あたしたちはただ通りかかっただけなのに、その罵声のおかげで一身に注目を集めてしまう。
この世にいて迷惑なだけの婆さんだ。
「相変わらずウザいな」
「相手する方が負けだよ」
駅前広場の人だかりから、ふいに声がかかった。
「あれ、一花?」
一花とはいっちーの下の名前だ。
「あ、そっか。瑶林だもんね、高校」
そう言った声の主は、恥ずかしそうに頭をボリボリと掻いた。
鬼退治の刀だ!
腰に刀をぶら下げている。
漆の鞘に収まり、彫られた紋章は本物の証。
腰の柄に手を置くと、彼はそれをグッと押し下げた。
「お友達?」
あたしを見下ろす。
いっちーは慌てて首を横に振った。
「違う! ただ近くを歩いてただけの人だから」
「何それ、いっちーひどーい」
黒髪の背の高い彼は、にこっと軽やかな笑みを浮かべた。
その後ろにまた別の男の子が二人いる。
「お友達、鬼退治やってんの?」
そう言ったのは金髪ロン毛。
「何だ。やっぱり一花も興味あったんじゃん」
こっちは切れ長の目に細めの長身。
三人とも腰に刀がぶら下がる。
「いっちーの知り合い?」
最初に声をかけてきた黒髪の彼は、変わらぬ優しい笑みを浮かべていた。
「そうだよ。俺らの師匠の娘さんだから」
あたしはいっちーを振り返った。
何それ。
いっちーんとこは空手の道場かと思ってたけど、そうじゃないんだ。
「いっちー、鬼退治してんじゃん」
「あんたたちは黙ってて!」
彼女はあたしではなく、その男の子たちをにらみつけた。
「一花は学校で『いっちー』って呼ばれてんの?」
「帰る!」
いっちーは怒っている。
でもあたしは、もう少し話しがしたい。
「待って」
彼女の袖をつかんだら、ガッツリ振り払われた。
足早に歩き出す背中を仕方なく見送る。
「あ、なんかゴメンね」
最初に声をかけてきた黒髪の男の子は、そう言っていっちーの遠ざかる背中を視線で追いかける。
「一花はあまり、自分のことは話さないんだ。俺たちに」
「学校でもそんなにしゃべんないよ」
「だけど、道場ではいつもかいがいしく皆の世話をしてくれてて……」
「まぁ、世話好きではあるよね」
「それがなんだか、申し訳なくて」
あたしはそう言った彼を見上げる。
「いっちーだからね」
「女の子だから」
彼は腰の柄に手をかけた。
カチャリとこすれ合う音がして、あたしに手を振った。
「ゴメン。やっぱ一花のとこ行ってくる」
いそいそと駅へ向かう彼の背を見送る。
金髪ロン毛の男の子が微笑んだ。
「じゃ、鬼退治頑張ってね」
「邪魔したな」
もう一人の長身の彼もそうつぶやき、構内へと吸い込まれてゆく。
彼らはどこの学校の生徒なんだろう。
知らない制服だ。
あたしは手にしたこん棒を肩に担ぐ。
結局誰だか分かんなかったけど、そんなことに負けてらんない。
いっちーを待ち伏せするつもりだったのに、すぐ見つかって逃げられる。
休み時間にも昼休みにも、授業中だって手紙回してもらったりなんかしてみたのに、いっちーは届いた手紙をそのまんまポケットにねじ込んで見てくれない。
こうなったらもう、出待ちを決め込むより仕方がない。
あたしは放課後の始まりを知らせるチャイムと同時に、リュックを背負い校門へ走った。
高い城壁に囲まれたこの学校に、門は一つしかない。
「お、正解」
入り口が一つなら出口も一つ。
あたしに気づいたいっちーは、露骨にイヤな顔をした。
「仕方ないじゃん、見つかっちゃうのは。ここしかないんだもん」
「ついてくんな」
「それは無理」
駅までの一直線の道を歩く。
風は少し冷たくて、目の前で揺れるいっちーの淡いミルクティー色の髪はサラサラしすぎていて、あたしはいっちーにつけられた傷のことを思う。
「まーた瑶林の生徒か! お前らはいっつもいっつもうるさいのぉ!」
駅バァだ。
うちの学校の制服を見ると、すぐ絡んでくる駅前の有名人。
私服で通ると何も言わない時もあるらしいから、別に誰か個人を特定してやってるわけでもないらしい。
とにかく目の前をうろつく他の女が大嫌いなバァさんだ。
「あんたらの散らかすゴミで、どれだけ周りが迷惑してると思ってんだ!」
いや、あたしら今ゴミとか捨ててないし。
どこに住んでいるのかとか、名前とかも誰も知らない。
ただいつも駅前広場の決まった場所に陣取り、引いてきた椅子型キャリアバックに腰掛け、目についた女を罵倒し続ける白髪のヨボヨボ婆さんだ。
「なんじゃその目は! 汚い足晒しよって!」
しわくちゃの拳を振り上げる。
カーッと喉を鳴らし、ペッと唾を吐いて威嚇してくる。
あたしたちはただ通りかかっただけなのに、その罵声のおかげで一身に注目を集めてしまう。
この世にいて迷惑なだけの婆さんだ。
「相変わらずウザいな」
「相手する方が負けだよ」
駅前広場の人だかりから、ふいに声がかかった。
「あれ、一花?」
一花とはいっちーの下の名前だ。
「あ、そっか。瑶林だもんね、高校」
そう言った声の主は、恥ずかしそうに頭をボリボリと掻いた。
鬼退治の刀だ!
腰に刀をぶら下げている。
漆の鞘に収まり、彫られた紋章は本物の証。
腰の柄に手を置くと、彼はそれをグッと押し下げた。
「お友達?」
あたしを見下ろす。
いっちーは慌てて首を横に振った。
「違う! ただ近くを歩いてただけの人だから」
「何それ、いっちーひどーい」
黒髪の背の高い彼は、にこっと軽やかな笑みを浮かべた。
その後ろにまた別の男の子が二人いる。
「お友達、鬼退治やってんの?」
そう言ったのは金髪ロン毛。
「何だ。やっぱり一花も興味あったんじゃん」
こっちは切れ長の目に細めの長身。
三人とも腰に刀がぶら下がる。
「いっちーの知り合い?」
最初に声をかけてきた黒髪の彼は、変わらぬ優しい笑みを浮かべていた。
「そうだよ。俺らの師匠の娘さんだから」
あたしはいっちーを振り返った。
何それ。
いっちーんとこは空手の道場かと思ってたけど、そうじゃないんだ。
「いっちー、鬼退治してんじゃん」
「あんたたちは黙ってて!」
彼女はあたしではなく、その男の子たちをにらみつけた。
「一花は学校で『いっちー』って呼ばれてんの?」
「帰る!」
いっちーは怒っている。
でもあたしは、もう少し話しがしたい。
「待って」
彼女の袖をつかんだら、ガッツリ振り払われた。
足早に歩き出す背中を仕方なく見送る。
「あ、なんかゴメンね」
最初に声をかけてきた黒髪の男の子は、そう言っていっちーの遠ざかる背中を視線で追いかける。
「一花はあまり、自分のことは話さないんだ。俺たちに」
「学校でもそんなにしゃべんないよ」
「だけど、道場ではいつもかいがいしく皆の世話をしてくれてて……」
「まぁ、世話好きではあるよね」
「それがなんだか、申し訳なくて」
あたしはそう言った彼を見上げる。
「いっちーだからね」
「女の子だから」
彼は腰の柄に手をかけた。
カチャリとこすれ合う音がして、あたしに手を振った。
「ゴメン。やっぱ一花のとこ行ってくる」
いそいそと駅へ向かう彼の背を見送る。
金髪ロン毛の男の子が微笑んだ。
「じゃ、鬼退治頑張ってね」
「邪魔したな」
もう一人の長身の彼もそうつぶやき、構内へと吸い込まれてゆく。
彼らはどこの学校の生徒なんだろう。
知らない制服だ。
あたしは手にしたこん棒を肩に担ぐ。
結局誰だか分かんなかったけど、そんなことに負けてらんない。