きみに ひとめぼれ



 あいつは言葉をつづけた。


「彼女だって、きっとそれを望んでる。

 友達でも、クラスメイトでもない、彼氏っていう存在に、俺がなることを。

 彼女が俺の言葉を待ってるのだって、ほんとはわかってるんだ」


 その気迫に、僕は押され気味になった。


「……すごい、自信だな」


 その自信が、怖い。


__「俺が」か。


「じゃあ、早く言えよ」


 僕はしどろもどろした感じで言った。


「…………言って、いいの?」

「別に言いたかったら言えばいいじゃん。それだけの自信があるんだし」


「んー……」とだけ唸って、あいつは何も言わずにテニスコートに視線を戻した。


「その自信は何なんだよ」


 流れた沈黙が耐えられなくて、僕は笑ってそう言った。


「何となく、かな」

 
こちらに視線を戻したあいつは、なぜか楽しそうだ。


__「何となく」ってなんだよ。


それは、自信の根拠でも何でもないじゃないか。

その答えにムカついて、僕は意地悪なことを言った。


「でも、なれなかったら?」


 僕の声は、なぜか震えていた。


「坂井さんがまだ本田のことが好きで、忘れられなくて、お前より本田を選んだら?」

「嫌なこと言うなあ」


あいつは悲しそうな顔をして顔を伏せた。

でもテニスコートの奥を見つめる目は、やっぱり鋭かった。


「まだ本田君が好き、ってか?」


西日がどんどん傾いていく。

風があいつの寝癖をふわふわと揺する。

本田のさらさらとした髪とは大違いの、あいつのうねうねとした髪。


「それは、やっぱきついな」


そう言うと、またあいつは悲しそうな目をした。


そうだよな、きついよな。

本田のこと、まだ好きだったら……って思うと。

自信はほんとは、強がりなのかもしれない。

こいつだって人間だ。

傷つくのは誰だって怖い。

「言えばいいじゃん」なんて投げやりに言ったけど、あいつの心中を察して、もう少し励まして、背中を押してやればよかったかな。

広瀬の言う通り、男の友情、やってやればよかったかな。

だって僕も、あいつの気持ち、わかるもん。

怖いよ、フラれるの。

言えないよ、怖くて。



あいつと一緒になって僕も俯いていると、その隣で、あいつは大きく息を吸って、大袈裟に吐いた。


「まあ、俺はそれでもいいんだけど」

「……え? なに?」

「だから、別に本田のことがまだ好きでも、俺はいいんだけど、って」


こちらを見るあいつの目は、なんだかキラキラして見えた。

その真意がわからなくて、僕は素直に聞いた。


「え? なんで?」

「なんでって、好きだから」

「本田のことがまだ好きだってわかってて付き合うってこと?

 おまえ、それはきついなって、今さっき言ったじゃん。

 それに、たとえ付き合えたとしても、付き合ってるうちに絶対辛くなるぞ」


「そうかもしれないけど、それでも好きなんだからしょうがないじゃん。

 本田に気持ちが向いたままでも、彼女になってくれたら、それはそれで嬉しいじゃん」


「そんなんでいいのかよ?」

「いいんだよ。好きってそういうもんだよ。

 だから、それでもいいんだよ。

 それでも俺は、坂井さんのことが好きなんだよ」


あいつはまるで自分にしっかり言い聞かせるようにそう言った。

その言葉からは、あいつの本気が不安を打ち負かそうとしているのが伝わってくる。


「まあ、ちょっと利己的かな」


カッコつけて、そんな小難しい言葉を使うんだ。


あいつの笑顔は弱々しかったけど、それでもちょっと前までテニスコートにしがみついて抜け殻になっていた姿とは全然違った。

根拠のない、「なんとなく」の自信に満ち溢れているようだった。


僕はあいつの男らしい姿から思わず目をそらした。

僕も、同じことが言えるだろうか。

すぐに答えられない自分が情けない。



「お前は?」


「え?」



急にあいつの声が耳に届いて、僕は視線をあいつに戻した。

あいつはすごく穏やかな目で、僕を見ていた。


「お前は、どうなの?」




 またその質問。



「まだ本田のことが好きだったら、諦められるの?」



 風が一瞬吹き抜けて、木々をざわつかせた。

 その音以外、何も聞こえない。



何もかも見透かしたようなあいつの目に、僕は息をすることも、体を動かすことも、言葉を発することもできない。

心臓だけが、ドクドクと嫌な音を立て始める。



「……へ?」




情けない声が出た。

でも今はそう返事するので精一杯だった。

呼吸がどんどん荒くなる。



「な、なにが?」




あいつは僕から目をそらそうとしない。

その目に見据えられているのが耐えられなくて、僕の方から目をそらした。


「おまえの荷物、持ってきてやるよ」


ようやく出た声は上ずって、妙に震えていた。


あいつの傍らに放置されたゴミ箱を乱暴にとって、僕は逃げるように教室に向かった。