きみに ひとめぼれ



 話を戻すと、あいつは「それでどうなったの?」という僕の質問に対する答えをまだ考えていた。

そしてぽつりと言った。


「付き合ってる人はいないけど……、付き合えないよな」


 それが、あいつの答えだった。


「あー、めちゃめちゃかわいかったなあ」


あいつは周りに誰もいないことをいいことに、かなりでかい声でそう言った。

それは後悔の言葉のはずなのに、あいつの顔はなんだかすがすがしかった。

その余裕な感じが悔しくて、僕はわかっているんだけど質問した。


「なんで付き合えないの?」


「俺となんて釣り合わないだろ」


__じゃあ……


 僕は次の言葉を選んだ。


「坂井さんとなら、釣り合うのかよ」


 僕の言葉に、あいつは何も答えない。


「ちゃんと言えよ、付き合えないのは、坂井さんのことが好きだからって」



__ちゃんと言えよ。


「坂井さんのことが、好きだからだろ?」


僕はしっかりとした口調で聞きなおした。

自分の声が、心にずしんと響く。

その答えはわかっているけど、こうしてちゃんと答えを聞くのは嫌なんだ。


あいつはやっぱり返事をしなくて、じっとテニスコートを眺めていた。

でもしばらくして、あいつはこっちを見ることなく、「うん」とだけ言った。

とても静かで、落ち着いた返事だった。


「園田も気づいたか」

「みんな気づいてるよ」

「え? マジで? そんなわかりやすかった?」


 あいつはおどけたように言った。


「坂井さんと、付き合いたいの?」


僕の質問に、あいつはまた黙った。

でも急に頬を緩めて、「うん」とうなずいた。


なぜだか嬉しそうだった。

まるで、もう付き合っているみたいな顔をするんだ。

その顔に、僕はあいつが本当に遠くに行ってしまったような気がした。


「なんで?」

「なんでって……それ聞いちゃう?」


って、あいつは僕の質問をおかしそうに聞き返した。


「好きならみんなそう思うもんじゃないの?」


「だから、何でそう思うんだよ。

 彼氏になる必要があるのかよ。

 好きなだけじゃダメなのかよ。

 見てるだけじゃダメなのか?」


「じゃあ、お前はどうなの?」


 あいつは僕に優しい笑みを向けて、そう聞いた。


「好きな人と、そうなりたいと思わないの?

 もっと話したいとか、もっと触れてみたいとか、それ以上とか」


「え?」


僕はドキッとなって、顔の方に一気に血が回ってくるのを感じた。

頬や耳が熱くなってくる。


「今いやらしいこと考えてただろ」


そう言ってからかう。


「ち、違う。何言ってんだよ」


僕は必死になって否定した。

いや、否定はしないけど。

とにかく、いつもと変わらないあいつが戻ってきたと、どこかで安心もした。

だけどそれは一瞬で、あいつは急に真面目な顔になって、またテニスコートを見た。


「そういうもんでしょ。

 俺も同じ。

 もっと話したいし、もっと触れたいし、それ以上のことも、したい」


あいつが急に男の顔になって、僕の方がドキドキとしてしまう。


「吉川さんが、言ったんだよ。

 私のこと知らないならこれから知ってほしいって。

 俺のことも、もっと知りたいって。

 ああ、俺と同じだなって思った。

 俺は坂井さんのことをもっと知りたいし、坂井さんにも俺のことをもっと知ってほしい。

 それは、彼氏じゃないとできないんだよ。

 彼氏じゃないってことは、坂井さんの言う通り、俺はただの関係ない人なんだよ。

 だから、俺はちゃんと坂井さんの彼氏になりたい。

 彼氏にならないと、だめなんだ。

 彼氏じゃないと、心配も口出しもできない。

 彼女が今何を考えてどう思っているのかさえ聞けない。

 「こうしたい」「ああしたい」のどれもできないんだよ。

 「彼氏でもないくせに……」がいつまでも付きまとうんだよ。

 彼氏かどうかって、それくらい重要なんだよ。

 友達っていう関係と、それくらい差があるんだよ」


「友達だって、それくらいできるだろ」


「おまえさあ、女友達じゃないんだから。

 そんなんに絶対かなわないだろ、男友達なんて。

 限界があるんだよ」


あいつは呆れたように僕に説いた。

あいつにそんなことを教えられて、僕は恥ずかしくなった。

あいつに教えられなくたって、僕だってちゃんとわかっているんだ。