いつもは教室で授業をしているけど、今日は生物室でグループになってショウジョウバエをじっくりと観察することになった。
真ん中に置かれたガラスケースの中に、ショウジョウバエが何匹か飛び回っている。
それを四人の高校生がじっと目で追いかけている。
なんともシリアスな光景だ。
動き回るショウジョウバエを目で追いながら、つい彼女の方にチラチラと視線が行く。
ショウジョウバエなんて追いかけている場合ではない。
いつの間にか、俺はショウジョウバエじゃなくて、坂井さんだけを目で追っていた。
偶然彼女と目が合うと、何事もなかったかのようにふっと目をそらした。
だけど、心臓はかなりうるさかった。
俺はレポートを書き終わって、頬杖を突きながら彼女をちらりと盗み見る。
横髪がさらりと落ちて、彼女の顔を隠した。
そのふわりと流れる髪に触れたい。
耳にかけなおしてあげたい。
手を出したい衝動が抑えられない。
だからなのか。
俺は無意識に声をかけていた。
「ねえ、見せて」
彼女の驚いた目が俺をとらえていた。
自分で放った言葉のはずなのに、まるで自分の言葉じゃないようで俺自身も驚いた。
「あ、その……、絵」
俺は彼女の手元に隠れたプリントを指さした。
「え……、い、いやだよ」
彼女は本当に困ったように断った。
「俺のも見せるし」
つらつらと言葉が出る。
まるで俺の口ではないようだ。
彼女は首をぶんぶん振って拒否する。
あまり困らせて嫌われたくもないので、早々に俺は引き下がった。
レポートはとっくに書き終えているので、終業のチャイムが鳴ると同時に席を立った。
その時、「ねえ」という小さな声とカッターシャツにかかる重みに、俺の足は引き留められた。
声の方に目をやると、彼女が机から身を乗り出して、俺のカッターシャツの袖を引っ張っていた。
「あの……、見せても、いいよ」
袖を引っ張る手にはものすごい力がかかっているのに、俯いたままの彼女の声は微かにしか聞こえない。
「え?」
「絵、見せるよ。その代わり……」
「俺のも見せる?」
「そうじゃなくて……」
としかめっ面がこちらに向けられた。
不意に合った視線に、また心臓が激しく動き始めた。
「数学の宿題、当てられてるんだけど、教えてくれない?
勝見君、数学得意なんでしょ?」
目をそらして話す彼女の声はどんどん小さくなる。
そして「はい」と裏向きにしたプリントを俺に手渡す。
それをするりと彼女の手から引き抜いて、代わりに自分のプリントをその手に置いた。
「いいよ」
そう言った声は、微妙に震えていた。
「せーの……」もなしに二人同時にプリントをめくる。
そして、二人同時に笑う。
「ははっ、下手すぎ」
彼女は遠慮なしに言う。
彼女の絵もまた、
「そんなに変わんないじゃん」
二人で笑いあっているその時間はとても穏やかなはずなのに、俺の心拍数はとんでもなかった。


