きみに ひとめぼれ



その瞬間が切り取られた写真だった。

私は鞄にしっかり張り付いて見える生八つ橋を見つめた。

教室を出る前の勝見君の顔。

目尻の下がっていない勝見君。

私に心配の目を向ける勝見君。

数学の心配じゃなくて、本田君のことを心配する勝見君。

勝見君の目に、私はどんな風に映っていたんだろう。

きっとすごく惨めだった。

私、カッコ悪。

こんな姿を勝見君に見られたくなかった。

恥ずかしかった。

もう私のことなんて、好きじゃなくなったかもしれない。



あれ? 何言ってるんだろう。

はじめから、勝見君は私を好きなんて一言も言ってないじゃないか。

勝見君にとって私は、彼女でもなければ、好きな人でもないのに。

どうして忘れてしまうんだろう、そんな重要な部分を。

声をかけてきたのも、抱きしめたのも、手を握ったのも、全部全部、勝見君の「何となく」なんだよ。

そう自分に言い聞かせていると、胸のあたりがズキズキと痛んだ。

鼻のあたりがツンとして、視界がどんどんぼやけてくる。

髪がはらりと落ちて、図書室の入り口が見えなくなった。

それと同時に、目から涙がこぼれて顔を横断していく。

机が濡れて、頬と接している部分がぬるぬると気持ち悪かった。

机が濡れたときの独特なにおいがツンと鼻を刺激してくる。

それは例えば、雨の日、教室中のあらゆる机やいすや棚が湿気に満ちて放つ匂いと同じ。



ああ、何やってるんだろう。

本当はわかってるくせに。

勝見君は、そんな人じゃないってことぐらい。

「何となく」で声をかけたり、抱きしめたり、手を握ったりする人じゃないことぐらい、わかってるよ。

じゃあ、勝見君はなんでそんなことしたの?

勝見君は私のことが……。



そこまで考えて、ぐすんと鼻をすすりながら体を起こした。

そして一度呼吸を整えた。

溢れてきた涙をぬぐって、姿勢を正す。



もうやめよう、何もかも。

本田君も忘れる。

勝見君も忘れる。

もう全部なかったことにしよう。



もう一度スマホのロックを解除して、さっきの写真を呼び出す。

画面の下の方にある、小さなごみ箱を見つめた。

でも、指先はそのゴミ箱に触れようとしなかった。

スマホの画面に大きく映し出された写真から、目が離せない。

あの瞬間の私たちが、変わらずそこにいる。

目尻を下げた勝見君。

その隣には、自然と笑っている私がいる。

その瞬間を、消すことなんて、できるわけないじゃん。




__勝見君。




その名前を心の中で呟いたとたん、また涙があふれてきた。

スマホを胸に抱きしめると、体が前のめりに崩れていった。

私の頭を支えてくれたのは、勝見君と勉強した、この机だった。

大粒の涙がスカートにぼたぼたと落ちて輪を描いていく。

「うっ、うっ……」と嗚咽が漏れる。



なかったことになんて、できるわけないじゃん。

なかったことになんて、したくない。

勝見君への気持ちも。

勝見君と過ごした時間も。

もう、「何となく」でも、なんでもいい。

抱きしめて。

頭をなでて。

手を握って。

そばにいて。

「好き」って言って。

「付き合おう」って言って。

その目尻を下げて。




「勝見君」




今度は小さく声に出してその名前を呼んだ。

だけど、どんなにその名前を呼んでも、届かないんだ。




だって、一目惚れから始まる恋なんて、上手くいきっこないんだから。