きみに ひとめぼれ



次は数学の授業だった。

もう逃げ出したかった。

授業に出てたって、こんな状態じゃ耳にも入らないし、どうせ聞いてたってわからない。

結局授業が終わるまで、私は何度も本田君と太田さんの顔を思い返していた。

修学旅行の帰りのバスで見た本田君。

いつものように笑って、カッコよくて、みんなに囲まれて。

その隣にいたのは……、ああ、太田さんだったかも。

不鮮明な記憶を手繰り寄せて、余計悲しくなった。

情けない気持ちになった。

太田さんは、女の子らしくて誰とでも仲がよくて、かわいらしい子だ。

私は話したこともないから、それはただのイメージなんだけど。


私も太田さんみたいに可愛くて甘え上手で素直だったら……

好きな人にも、あんなふうに話しかけられたら……

一目惚れなんてしなかったら……


こんなこと考えたって、どうしようもないのに。



授業が終わっても立ち上がれなかった。

立ち上がりたくもなかった。

由美が心配して声をかけてくれた。

端から見ても、明らかに様子がおかしいのだろうか。

「何でもないよ、大丈夫、大丈夫」と言ってみたけど、声も上ずるし、目も合わせられなかった。

由美には本田君のことを直接話したわけではないけど、以前加奈子が大声で話した一件もあり、うすうす気づいているようだった。


もう私には構わないでほしい。

恥ずかしい。

そんな目で見ないで。

「かわいそう」って目を、私に向けないで。


無理に笑顔を作って手を振って由美を見送ったけど、その手にさえ力が入らない。


同じ人に二度フラれた気分だ。




「坂井さん」




その声を聞いて、胸が張り裂けそうになる。

俯いていてもその声の主が誰かわかった。

でも、今は前を向けない。

眉間のあたりがだんだん痛くなってきて、涙が出そうになる。



「なに?」



私の声はきっとぶっきらぼうで可愛くない。

そんな風に言いたくないのに。



勝見君は、何も悪くないのに。



勝見君がこんな風に人前で話しかけてくるのは初めてだった。

勝見君はクラスにいる人の目など気にもせず、堂々としている。

なのに、私は人目が気になってしょうがなかった。

勝見君に声をかけられても、早くどこかへ行ってほしいと思ってしまう。



「大丈夫?」



その問いかけに、一気に体中の血が引いた気がした。

それが顔に集まってきて、顔だけどんどん熱くなっていく。

視線を上げると、勝見君はすごく心配そうな顔をしている。

今まで見たことのない目で、私を見つめる。



「なにが?」



無理に笑って答える。

ちゃんと笑えているだろうか。



「今日、数学当てられてるじゃん。一緒に勉強しなくて平気?」




__違う。


  違うでしょ?


  ほんとはそんな心配じゃないでしょ?



「うん、ありがとう。大丈夫だから」

「大丈夫には見えないけど」

「もう、勝見君ひどいなあ。私だってやるときはやるよ」



 目が合わせられない。



「何かあったら言ってよ。

 俺にできることがあれば手伝うし」




__何それ……




 顔に集まっていた熱が、今度は一気に頭に上ってくる。




「勝見君には関係ないじゃん」



思わず大きな声が出てしまった。

驚いた顔をした勝見君が、私の前で固まっている。

見たことない勝見君の表情に、私は戸惑った。



 そんな、顔しないでよ。

 いつもみたいに、目尻を下げてからかってよ。

 本気で私に優しくしないでよ。

 勝見君にできることって何?

 頭をなでて、抱きしめて、手を握って……


 
 そんなこと、頼めるわけないじゃん。

 だって、私と勝見君の間には、何もないんだから。

 そんなの、ダメに決まってる。

 ダメだけど、甘えたい。



 もし私たちも、ちゃんと付き合っていたら……



いろんな思いがあふれてきて、それが涙になりそうで、私は勝見君をその場に置いて教室を飛び出してしまった。