「化粧直してから行く」と言って由美はトイレに向かった。
それに詩織もついていく。
化粧のことなんて気にする気になれない私は、早々にバスに乗り込んだ。
バスにはまだ数人しか乗っていなくて、私もグループで決められた席に着いた。
鞄を足元に置いて椅子に腰を下ろすと、疲れがどっと押し寄せてくる。
窓ガラスに頭を押し当てて、京都の景色を名残惜しんだ。
本当は、何も見えていない。
何も考えたくない。
バスの外にはまだ人がたくさん集まっている。
まだみんな乗り込もうとせずダラダラと話しながら歩いている。
遠くの方に、本田君を見つけた。
探していたわけではない。
たまたま目に入った。
数人の男子と女子に囲まれて笑っている。
手にはお土産の袋らしきものを提げている。
何買ったんだろう。
どこ行ってきたんだろう。
なんでそんなことを気にしてるんだろう。
気持ちが余計重くなる。
実は、京都の観光中も何度か本田君たちのグループを見かけた。
こんなに楽しい修学旅行のはずなのに、その光景だけで、私の心は一瞬で曇る。
こんな楽しい状況の中にいても、私は本田君を見かけるたびに、切なくて苦しい気持ちになった。
__まだ好きなの?
自分に問いかけても、答えは返ってこない。
どうしてだろう。
答えは簡単なのに。
もう好きじゃない。
そうでしょ?
正確には、もう好きでいられない。
だって、どうしようもないじゃん。
いつまでも、この気持ちにしがみついてたって。
失恋しているのに、恋心がちっとも失われないのはどうしてだろう。
「ここ、いい?」
不意に声をかけられて振り向くと、目の前に勝見君がいた。
何を聞かれているのかわからなくて、すぐには返事ができなかった。
何度か瞬きをすると、少しずつ状況がわかって、慌てて言った。
「あ、うん、どうぞ」
私はそうぎこちなく答えて、姿勢を正した。
そして、言ってしまってから気づいた。
男子と座るのは、自分ではないことに。
頭の中であたふたしている間に、勝見君は荷物を足元に置いてしまった。
すぐに何か言えばよかったんだけど、勝見君はすっかり腰を下ろしてしまった。
座面が微妙に中央に傾く。
私は思わず窓際の方にずれた。
勝見君はしばらくごそごそと動いていたけど、すぐに落ち着いてスマホをいじりだした。
長い親指で画面がスクロールされる。
頭にそっと置かれた手の感触を思いだして、胸が苦しくなった。
__もう一度、この手に……。
その操作をぼんやりと横目で見ていると、由美たちが帰ってきた。
由美は驚いた顔を見せた。
私も慌てて立ち上がりかけて、何かを伝えようとしたんだけど、由美は笑顔で「いいよ、いいよ、そのままで」と手で合図してくる。
私もぎこちなく「うん、うん」とうなずくだけだった。
勝見君は、そんな私たちのやり取りを気にもとめずにスマホを操作し続けた。
後ろから由美たちのこそこそと話す声が聞こえる。
何を話しているかはわからない。
「ねえ勝見君」
いきなり由美が後ろから声をかけてきた。
「みんなで撮った写真送るし、連絡先教えて」
「ああ、うん、ありがとう」
そう言って、由美はあっさり勝見君と連絡先を交換した。
私も、交換したいな。
でも、言えない。
「ありがとう」と言って由美は自分の席に戻る。
しばらくすると、私のスマホにグループへの招待メールが届いた。
由美がメッセージグループを新たに作ったようだ。
隣では、勝見君の手もせわしなく動く。
しばらくすると、私のスマホに勝見君がメッセージのグループに追加されたことが表示された。
思いがけず、勝見君の連絡先を知ることとなった。
「前の二人も招待してもらっていい?」
「ああ、いいよ」と言って勝見君はスマホを操作し続けた。
班の全員が参加すると、何枚もの写真が送信された。
しばらくはそれを見て過ごした。
勝見君が写っている写真。
嬉しかった。
いろんな思い出がよみがえってくる。
そんな写真を見ている間にバスが出発した。


