きみに ひとめぼれ

 

勝見君と下駄箱まで一緒に行って、そこで別れた。

もう部活が始まろうとしている時間なのに、勝見君はポケットに手を入れてゆっくりと歩いていく。

その後ろ姿を見送って、私は下駄箱に戻った。

上靴に履き替えて教室に向かう。

教室にはもう誰もいなくてしんとしていた。

私は窓際の机にカバンを下ろして、その窓からグラウンドを見下ろした。

サッカー部が集合している。

そこにはまだ勝見君の姿はない。

みんながパスの練習を始めたりウォーミングアップをしているところに、勝見君は慌てる様子もなく、まるでもともとそこにいたかのように自然と練習に参加していた。


__「なんていうか、空気みたいな」
 

そんな勝見君の言葉を思い出して、思わずふっと笑みがこぼれた。


少し経つとゲームが始まった。

ピッという鋭い音とともにみんなが散らばる。

ボールが転がり始めると、すぐに勝見君にボールが回された。

勝見君はそのボールをひょいひょいと運ぶ。

前や横からやってくる人たちを、にこにこしながら交わしていく。

ボールはすっかり勝見君の虜になって、離れようとしない。

勝見君は楽しそうだ。
 
ゴールの手前まで来て、勝見君が思いっきりボールをけり上げる。

ボールの行き先は、広瀬君の足元。

見事な正確さですとんと落ちる。

受け取った広瀬君は当たり前のようにゴールを決めた。

何度かそんな場面を目の当たりにする。

もちろんシュートを決めるのは広瀬君ばかりではないんだけど、勝見君はゴールの手前まで運んで、シュートを決められそうな人を的確に見定めてボールを送り、自分は決してシュートを打たなかった。


__そうか、それでいいのか、勝見君は。



誰かがゴールを決めても、そのあとには満足げな顔をして元の場所に戻る。

シュートが決まらなくても、「ドンマイ」なんて笑いながら走っている。

そんな勝見君を見ていると、まあいいか、とため息が出た。

でも、私もそれで満足だった。

だって、勝見君は楽しそうだったから。

そしてサッカーをしている勝見君を見るも、楽しい。


頬杖をついて勝見君を目で追っていると、ボールをゆっくりコロコロと転がす勝見君と一瞬目が合った。

その一瞬で、勝見君の目つきが変わったのが分かった。

足でしっかりとボールを止めていた勝見君が、ゆるりと動いた。

そして、ドリブルしながら徐々に走る速度を上げていく。

勝見君の前に立ちはだかる人は、誰もいない。

今までと違うのは、楽しそうに遊んでいる感じではなく、真剣な表情でボールを操っていた。

ゴールネットに向かってさらにスピードを上げてボールを運んでいく。

そのスピードに、きれいな走り方に、見事なボール運びに、目が離せなくなっていた。

勝見君はゴールネットよりもはるか手前で足を止めた。

そして、そこから思い切りボールをけり上げた。

ボールはまっすぐぶれることなく、ゴールネットの真ん中を打ち抜くように叩きこまれた。

本当に気持ちよく。

ボールがネットに収まる軽やかな音が、澄んだ空を伝って私の耳にまで届いた。

その瞬間、私の心臓も跳ね上がった。

頭に血が上っていく。

ネットにぶつかったボールは、宛てもなくころころと転がっていく。

静かなグラウンドに、ピッという鋭い笛の音が響いた。

「ナイッシュー」と掛け声が方々から上がる。


やっぱりそうだ。

思った通りだった。

勝見君は、かっこいい。

ドリブルする勝見君も、パスを回す勝見君も、シュートをきめる勝見君も。


ボールの行方を追いかけると、その先で、勝見君がこちらを向いて立っているのが目に入った。

みんなが勝見君に何かを言いながら、勝見君の背中をポンとたたいて持ち場に戻っていく。

だけど勝見君はそんなみんなにまるで気づいていないかのように、じっとこちらを見ていた。

私と視線が合うのを確認して、勝見君はゆっくりと両腕を高く上げた。

そしてその腕を、ふわり、ふわりと、大きく動かした。



なぜだろう。

その腕からは優しさしか伝わってこない。

愛おしさしか感じない。

見慣れた体操服が彼の体を柔らかく包んでいて、その体操服さえ羨ましいと思う。



私は何となく恥ずかしくて、手は振り返さず、小さく「うん、うん」と何度かうなずいた。

本当は、嬉しくてしょうがないくせに。

手を振り返したいくせに。

何か声をかけたいくせに。

勝見君は両手をストンと下ろした後も、満足げに目尻を下げて私を見つめていた。

空には雲一つなく、きれいな空色がどこまでも続いていた。