きみに ひとめぼれ



勝見君とちゃんと話したのは、あの日が初めてだった。

なんだか不思議だった。

私はたぶん、「好きな人」と話すのは初めてだった。

いつもはすでに「好き」から始まってて、だから意識しすぎて話すことも近づくこともなく終わっている。

だから、勝見君と自然と話せたのが不思議だった。



だからと言って、その後すごく仲良くなったわけでもないし、日常的に話すこともなかった。

勉強を教えてもらったのもその1回きり。

こちらとしては何かきっかけでもないかと探してみる。

だけど特にない。

また宿題を当てられでもしたら口実を作れるんだろうけど、そう何度も当てられてはたまったものではないし、そのたびに勝見君に教えてとお願いしに行くのもなんだかおかしい。

ちらちらと勝見君を目で追うけれど、たまに目が合ってもすぐそらしてしまう。

手を振ったり、にこっとしたりした方がいいのかな。


そんなことを考えながら、今年から同じクラスになって仲良くなった由美と話していると、「あかりー」と呼ぶ大きな声に体がびくりとなった。

中学からの同級生の加奈子だった。

加奈子とは仲がいいんだけど、結構騒がしくて集めてきた情報を大きな声で話す癖があるので、たまに恥ずかしくなるというか、私まで噂話をしていると思われるのが嫌だなと思う時がある。

本人に悪気はないんだけど、好き勝手しゃべりたいことをしゃべって台風のように帰っていくから、こちらも疲れてしまう。

ちょっと無神経なところもあるのだ。

そこが苦手で、声をかけられるとため息が漏れる。


 そして今、最も話したくない相手だった。

二学期が始まってから、私は加奈子から逃げ続けていたのに、油断した。


「あかりー。ほんと残念だったね」


加奈子が教室に入ってきたときから予測はしていたけれど、やはりその言葉にどきりとする。


「な、なんだった?」


思わず声も上ずった。

何の話かは分かっていた。

だから咄嗟に席を立とうとしたけれど、加奈子が軽い身のこなしで近くの席に着くなり私の腕を引っ張ったので元の席に引き戻される。


「夏休み前の告白の話」


その言葉に体が固まる。

教室内のざわめきが一瞬静かになった気がした。

私の固まった体から、一気に血の気が引いていく。


本田君のことを加奈子に話すつもりはなかった。

むしろ絶対言いたくなかった。

面白がって騒ぎ立てることは目に見えていたから。

でも、いつまでもしつこく聞いてくるから、私の心も折れて話してしまったのだ。

嘘でも何でも誤魔化せばよかったのに、こういうところが私は弱い。

だから、告白だって、うっかりしてしまったのだ。


別に告白するつもりなんてなかった。

遠くから見ているだけでよかった。

それが、加奈子には納得いかなかったようだ。

加奈子は私に、強く、強く、強く、告白を勧めた。

本田君に告白をして、彼がOKを出す可能性をつらつらと述べた。

その後のキラキラとした恋人生活も。

その言葉に、私もなんだか行けるような気になったのだ。

私の中でゼロパーセントだった本田君が彼氏になる確率は、ぐんぐんとそのパーセンテージを上げていった。

そして、彼女に手を引かれるがまま、テニス部の部室前で、本田君がやってくるのを待っていた。

そして、気づいたら告白をし終えて、すっかり心が空っぽになったまま帰路に就き、そのまま夏休みを迎えたというわけだ。


「何度思い出してもため息が出るよね。

 ほんとに告白するなんて私も思わなかったからびっくりしたし。

 でもいい場面に居合わせたよ。

 人の告白なんてなかなか見れないし」


加奈子はころころと豊かに表情を変えながら話していく。

それとは対照的に私の表情は固まったままだ。


「しかも本田君でしょ? 

 あかりは相変わらず面食いだよね」


「そ、そう、だね」


固まった表情と体から振り絞るように出せる言葉はそれくらいだった。

本当はもっと、言わなきゃいけない事があるはずなのに。


「で、どうなの? 長い夏休みの間に吹っ切れたの?」


加奈子が心配そうな顔をして私の顔を覗き込んでくる。

本当に心配そうな顔をしているんだけど、時々、この顔は仮面なんじゃないかと思う。

そして、一層声を大きくして加奈子は言った。


「あかりはフラれても引きずるタイプだもんねー。

 中学の時に好きだった人だって、なかなか吹っ切れなかったしね。

 あの人も、本田君みたいなイケメンだったしタイプも何となく似てるかも。

 だから友達として、ほんと心配なんだよね」


こんなに本音を疑ってしまう友人はいない。


「あ、ありがとう。でも、もう大丈夫だから」


「ほんと? 何かあったらいつでも相談乗るし。

 忘れられない気持ちもわかるからさ」


始業のチャイムが鳴り始めると、「じゃあね」と言って去っていった。

はーっと大きすぎるため息をつくと、こわばっていた体もようやくほぐれていく。

それでも、私の心の中はそわそわとして落ち着かなかった。

そっと視線を目的の方向に動かすと、勝見君と目が合った。

勝見君は険しい顔でこちらを見ていた。

なんだかすごく睨まれている気がして、すぐに目をそらした。