教室にはもう掃除当番の人はいなくて、残ってしゃべっている人や勉強をする人が数人いるだけだった。
ゴミ箱をもとの場所に戻して、鞄をもって全速力で図書室へ向かった。
図書室には人がほとんどいなくてしんと静まり返っている。
図書当番の生徒が二人いるだけだ。
私もほとんど図書室に来たことがないから、なんだか新鮮だった。
図書室の空気も、本が並ぶ光景も、自分が通っている学校なのに、私の知らない世界だった。
見慣れない雑誌や新聞、威圧感のすごい大きな事典。
部屋の中央に並ぶ机は、グループ学習用につなげた机と、個人で利用できる机とに分かれていた。
勝見君はグループ学習用の机にいた。
長い足を組んで椅子に横向きに座っている。
頬杖をついてぺらぺらと本をめくっていた。
勝見君は図書室が似合う。
すごく意外だった。
勝見君の成績がいいのは最近知った。
でも図書室とか来なさそうだから。
だけどこの場所は、彼を一層知的に見せた。
本に目を落とすその姿にしばらく見とれていた。
ふっと勝見君の視線がこちらに向けられて、私は動き出した。
「ごめん遅くなって。部活大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
彼は読んでいた本をひょいと持ち上げて返しに席を立った。
どこに座っていいのかわからない。
教えてもらうなら、とりあえず隣に座るのが正解なのだろうか。
図書室の広い机で正面に座るには、少々遠すぎるように感じた。
座面が通常の椅子よりも大きく感じる図書室の椅子に腰かけて、教科書とノートを広げた。
勝見君が帰ってきて、何でもないように私の隣に座った。
勝見君の空気感が私をふわりと包みこんで、一気にその存在感が強くなった。
__隣同士で座るって、こんなにも距離が近かったけ?
ドキドキとして落ち着かないうちに、勝見君の説明が始まった。
勝見君の声がすごく近くで私の体に響いてくる。
教科書のページをめくる仕草が丁寧だった。
指先が優しくページに触れる。
カッターシャツ同士がこすり合うと、勝見君の匂いもふんわりと舞い上がるみたいだった。
勝見君の握るシャープペンに目が行った。
__ああ、手、つなぎたいな。
そう思ったとたん、急に恥ずかしくなって顔が熱くなった。
何を考えてるんだろう。
ダメだ、こんなんで、勉強にならない。
だけどそんな心配をよそに、勉強ははかどった。
勝見君の教え方は上手かった。
すいすいと頭の中に入る。
どうして?
先生の話なんて全然耳に入ってこないのに。
教科書は読んだって、全然頭に入らないのに。
勝見君の声は心地よく耳に入り、じわじわと体に浸透していく。
そして、真っ白だった私のノートが、どんどん埋まっていく。
きれいな数式となって。
最後には、きれいな答えがそこに現れる。
勝見君は私に丁寧に教えてくれた。
わからないところはいくつもあった。
正直何がわからないかもわからない状態だった。
だけど、勝見君はちゃんとそんなところにも気づいてくれた。
すべての説明が終わると、勝見君は「自分なりの言葉で説明しながら解いてみて」、と私に指示を出す。
もちろん全然自信はないんだけど、勝見君はじっとそのつたない説明を聞いててくれた。
「うん、うん」ってずっと優しく相槌をうつ。
「う、うん」と時々苦笑いをする。
苦戦しながらも説明しきって勝見君を見ると、緩やかに目尻を下げて私をじっと見ていた。
目が合って、ドキドキしてしまう。
思わず目をそらした。
「どうだった?」
小さな声で聞いた。
何も言わないので、ちらりと覗き込んだ。
「……面白すぎ。必死感がすごい」
「え?」
「余裕なさすぎでしょ」
先ほどまでのドキドキが嘘のように吹っ飛んだ。
勝見君は「ははは」と笑って私をからかう。
「もう、こっちは真剣なんだからね」
「見てたらわかる」
恥ずかしいけど、なんだか楽しい。
良い時間と空気が流れている。
勉強もわかったし、当てられた問題もなんとかなったし、満足だと息をふーっと吐くと、
「よくできました」
そう言って、勝見君は静かに目尻を下げて笑った。


