きみに ひとめぼれ



約束通り、今日も図書室で待ち合わせをした。

俺はいつもの席に腰かけて、いつものように一番最初に目に留まった本を持ってくる。

そして、彼女が掃除当番を終えるまで本に目を落としていた。

人の気配を感じて入り口の方を見ると、坂井さんがいた。


「よっ」


俺は軽く挨拶をして本を閉じた。


「ごめんね、待った?」

「大丈夫、大丈夫」


そして彼女は、今日も俺の隣に座った。

とても自然に。

それがすごく嬉しかった。

また坂井さんと距離が近くなったみたいで。


今日の坂井さんのノートは相変わらず真っ白なんだけど、自分で何となく解こうとしているのがわかる。

努力の証が、最初の数行に刻まれていた。

今も彼女がこんなに近い距離にいてドキドキするけれど、それは前回ほどではない。

その代わり、もっと近づきたい、そんな気持ちが膨れあがってくる。


 もっと肩や腕を密着させられたら。

 シャープペンを持つ彼女の右手に、少しでも触れられないか。

 目を合わせられないか。

 もっと笑い合えたら。


そんな欲望に似たものが、ふつふつと湧いてきてしまう。

自分を落ち着かせようと、説明にもシャープペンを持つ手にも力が入る。

何かに集中しなければ、頭で思っていることを無意識にやってしまいそうだった。


「じゃあ、坂井さんもやってみて」


何とか説明しきって、彼女にバトンを渡す。

彼女は俺の顔を不思議そうに見つめていた。


 なんだろう。

 どういう意味だ?

 何かわからないのだろうか。



「どうして勝見君は、シュートを打たなかったの?」


__え?
 

一気に力が抜けていく。


「俺の話、聞いてた?」

「ゴールの手前まで来てたのに、広瀬君にボールをパスしたでしょ? 
 
 勝見君にだってシュートできる距離だったのに。

 そのあともずっとそうしてたよね? どうして?」


ああ、とおれは合点がいった。


あの後も、彼女はずっと教室の窓からグラウンドを見下ろしていた。

俺はそれが嬉しくて、いつもより練習を張り切っていた。

でも彼女の言う通り、一度もシュートを打つことはなかった。

いつも通りドリブルをして、パスを出して、ゴールネットからころころと離れていくボールを拾いに行った。

いつもと違うのは、その繰り返しの最後に、教室を見上げることだった。

彼女の言うことは納得したけど、どうしてと言われても困る。

だって……


「それが俺の仕事だから、かな。
 
 ボール運んで相手を蹴散らして、一番確実に点を決められそうなやつにパスを送る。

 で、試合を盛り上げてもらう。

 チームプレーってやつだよ」


「でも、自分でシュートしたいなって思わないの?

 シュート決まると気持ちよさそうだし」


「確かにそうかもしれないんだけど……

 俺は華やかにシュートを決めて盛り上げるっていうタイプじゃないから。

 どこにだって花形と裏方っているじゃん。

 俺は花形っていうより裏方って感じだし」


彼女は俺の説明に納得していないようだ。

その証拠に大袈裟に首をかしげている。

その恰好が、かわいらしくて、おかしかった。


「俺はそういうのが好きだから、良いんだよ。

 なんていうか、空気みたいな」
 

本当のことだった。

だから別に弁解しているつもりもない。

確かにシュートを決めたり、その後みんなに喜んでもらえたり、会場がわっとなるのは気持ちよさそうだけど、俺は今のままで十分満足しているし、気分は悪くない。
 
だけど彼女からは「ふーん」とやっぱり納得のいかない返事が返ってくる。


「じゃあ、勝見君のシュートは一生見れないんだね」


図書室のクーラーから流れてくる微かな風が、彼女の髪をふわふわと弄ぶ。


「見てみたいな」


彼女は視線を上げて図書室の広い天井を見上げた。

その目で何を描いているのだろう。

その横顔は、すごくきれいだった。