こんこんっ
「ん? 誰かしら。宅配便の予定はないはずだけど」
テレビで朝の情報番組をぼんやり見ていた柚那は、タブレットから鳴る遠隔インターフォンの音に、ゆっくりとソファから立ち上がった。インターフォンの音が重厚な木扉のノッカー音に改造されているのは、完全に柚那の趣味である。
「トビラノメっと」
柚那は遠隔インターフォン兼戸締まり管理のePUGを発動させると、タブレットの画面にドアの前の様子が画面に映し出される。そこにはちょっと予想外のお客が立っていた。
「あら、本当に来てくれたのね。お入りなさいな」
柚那は軽く指を鳴らすと、アパートの部屋の鍵がカチャリと開いた。
「突然お邪魔して申し訳ありません」
「いいのよ、ちょうど暇だったし。座ってちょうだい」
包み紙をした箱を小脇に抱えた、つい昨日香散見草の丘で再会した少女を、リビング横の応接室に通す柚那。アパートの間取りは、広めのリビングダイニングと仕事部屋兼寝室、そしてこの物置兼応接室といたってシンプルだ。
「コーヒーちょうど切らしていてね。紅茶しかないけど、よければどうぞ」
柚那はキッチンから手際よく紅茶を淹れてくると、白を基調としたシンプルなテーブルに2人分を優雅な仕草で並べてから、少女の向かいに着席する。
「ありがとうございます。あとこちらのお菓子は、先日のお礼です」
「あら、わざわざ気を遣わなくても。でも、せっかく持って来ていただいたし、ありがたく頂戴しておくわね」
少女は小脇に抱えていた菓子折小箱をテーブルの上に差し出すと、柚那はにっこりしながら受け取った。
「それと、今日は風見草さんにご依頼したいことがあってお伺いしました」
「おや、ひょっとしてePUGカスタマイズのお話かしら?」
柚那は、自分で淹れた紅茶を口に運びながら少女に問う。
「はい、私の仕える家の主人から仰せつかりました。ちょっと難しい案件になるそうで、なかなか受け手がなかったのですが、もしやと思い」
「へぇ、まあ私の機材と腕で手に負える範囲のカスタマイズなら。あ、殺傷型ePUGの改造や、違法改造は受けないのは他の業者さんと同じだからね」
少女に釘を刺す柚那。犯罪への転用を防ぐため、非殺傷型から殺傷型ePUGへのカスタマイズや、違法になる、あるいは明らかな違法行為に利用するのが明白なカスタマイズは、警察や電魔局にバレると、かなりの厳罰に処せられる。
少々のことなら、電魔局の元職員という肩書きとコネを使って揉み消しも出来るのだが、度が過ぎるとそれにも限度がある。さすがの柚那も、違法改造の外注を受けるような危ない橋を渡るような真似はしていなかった。
「カスタマイズというより、ほぼ新規にePUGを組んでいただくことになりそうなのですが……」
少女は、遠慮がちながらも意を決したように話し始めた。
「私の家の主人が、『シンデレラのように、一瞬で女性が素敵にドレスアップできるePUGを作って欲しい』とおっしゃっているのです」
くぴっ
口に運ぼうとしていた紅茶を噴き出すのを、辛うじて柚那はこらえる。
「な……なかなか夢見がち乙女みたいなこと言うご主人様ね、あなたの家……」
柚那は、動揺を隠そうともせず何とか言葉を絞り出す。
予想の右斜め上を飛び越えられたというか、半端な違法改造よりよっぽどイっちゃってるような内容の案件だった。
「うーん、いちおう早着替え用ePUGとかをベースにやれば、やれないことはないのかもしれないけど……でも、時間とお金はかなりいただくことになるわよ」
「それには、心配には及びません」
言いながら少女は、柚那の座るテーブル隅に置かれた菓子折小箱に視線をちらちらとやる。
「この菓子折がどうかしたの? どれどれ」
柚那は、菓子折の包装紙を剥がして箱を開けたが、そこには個包装された焼き菓子が敷き詰められているのみ。
「おお、これは私が子どもの頃から好物だった、レッドブーツのクッキーアソート」
柚那は嬉々とした表情で、有名菓子店のオリジナル高級焼き菓子を見る。知る人ぞ知る老舗有名店だが、華族御用達の贈答用クッキーアソートは、一般販売がされていないことでも知られ、世間では幻の一品とまで呼ばれるシロモノだ。
しかしいかに高級クッキーとはいえ、ePUGカスタマイズの依頼料としては論外なのだが。
「……なんだか箱、えらく重いわね」
柚那は不審そうな顔をすると、箱からおもむろにクッキーを取り出す。
「まあ、今時こんな細工が好きなんて、なかなか変わったご依頼主ね」
二重底の下から出てきたのは、びっしりと敷き詰められた政府発行の記念金貨だった。枚数はざっと数えても50枚はある。この種類の金貨は銀行で現金に換金可能だが、丸1年は少々派手に生活しても困らない程度の額にはなると思われた。
「あのぅ、お気に召しませんでしたか?」
いささか心配そうに聞く少女だが、まるで昔の時代劇に出てくるような演出に、柚那は思わず苦笑する。
「ふふ、お代官様も悪よのぉ」
「……風見草屋、それはお互い様じゃろう」
『ほーっほっほっほっ!』
柚那の冗談を見事に返した少女は、お互いに作り高笑いをハモらせる。
「……ま、冗談はさておき。私が昔お仕えしていた家の御曹司様も、何かにつけて凝った演出が大好きでね。ちょっと懐かしいような気分になっただけよ」
冷静に我に返ると、思わずやや投げやりな口調で答える柚那。まるで世捨て人を思わせるその仕草と表情に、少女は柚那の触れてはならない怖い一面を一瞬見たような気がした。
「いいわ、金額も十分だし引き受けさせていただくわ……そういえば、貴女、お名前は?」
「苺香、式野苺香と申します。こちらが連絡先となりますので、ご依頼についてのこと一切は、私の方にご連絡お願いします」
苺香と名乗った少女は、連絡先が書かれた手書きのポストカードを差し出した。
「ん? 誰かしら。宅配便の予定はないはずだけど」
テレビで朝の情報番組をぼんやり見ていた柚那は、タブレットから鳴る遠隔インターフォンの音に、ゆっくりとソファから立ち上がった。インターフォンの音が重厚な木扉のノッカー音に改造されているのは、完全に柚那の趣味である。
「トビラノメっと」
柚那は遠隔インターフォン兼戸締まり管理のePUGを発動させると、タブレットの画面にドアの前の様子が画面に映し出される。そこにはちょっと予想外のお客が立っていた。
「あら、本当に来てくれたのね。お入りなさいな」
柚那は軽く指を鳴らすと、アパートの部屋の鍵がカチャリと開いた。
「突然お邪魔して申し訳ありません」
「いいのよ、ちょうど暇だったし。座ってちょうだい」
包み紙をした箱を小脇に抱えた、つい昨日香散見草の丘で再会した少女を、リビング横の応接室に通す柚那。アパートの間取りは、広めのリビングダイニングと仕事部屋兼寝室、そしてこの物置兼応接室といたってシンプルだ。
「コーヒーちょうど切らしていてね。紅茶しかないけど、よければどうぞ」
柚那はキッチンから手際よく紅茶を淹れてくると、白を基調としたシンプルなテーブルに2人分を優雅な仕草で並べてから、少女の向かいに着席する。
「ありがとうございます。あとこちらのお菓子は、先日のお礼です」
「あら、わざわざ気を遣わなくても。でも、せっかく持って来ていただいたし、ありがたく頂戴しておくわね」
少女は小脇に抱えていた菓子折小箱をテーブルの上に差し出すと、柚那はにっこりしながら受け取った。
「それと、今日は風見草さんにご依頼したいことがあってお伺いしました」
「おや、ひょっとしてePUGカスタマイズのお話かしら?」
柚那は、自分で淹れた紅茶を口に運びながら少女に問う。
「はい、私の仕える家の主人から仰せつかりました。ちょっと難しい案件になるそうで、なかなか受け手がなかったのですが、もしやと思い」
「へぇ、まあ私の機材と腕で手に負える範囲のカスタマイズなら。あ、殺傷型ePUGの改造や、違法改造は受けないのは他の業者さんと同じだからね」
少女に釘を刺す柚那。犯罪への転用を防ぐため、非殺傷型から殺傷型ePUGへのカスタマイズや、違法になる、あるいは明らかな違法行為に利用するのが明白なカスタマイズは、警察や電魔局にバレると、かなりの厳罰に処せられる。
少々のことなら、電魔局の元職員という肩書きとコネを使って揉み消しも出来るのだが、度が過ぎるとそれにも限度がある。さすがの柚那も、違法改造の外注を受けるような危ない橋を渡るような真似はしていなかった。
「カスタマイズというより、ほぼ新規にePUGを組んでいただくことになりそうなのですが……」
少女は、遠慮がちながらも意を決したように話し始めた。
「私の家の主人が、『シンデレラのように、一瞬で女性が素敵にドレスアップできるePUGを作って欲しい』とおっしゃっているのです」
くぴっ
口に運ぼうとしていた紅茶を噴き出すのを、辛うじて柚那はこらえる。
「な……なかなか夢見がち乙女みたいなこと言うご主人様ね、あなたの家……」
柚那は、動揺を隠そうともせず何とか言葉を絞り出す。
予想の右斜め上を飛び越えられたというか、半端な違法改造よりよっぽどイっちゃってるような内容の案件だった。
「うーん、いちおう早着替え用ePUGとかをベースにやれば、やれないことはないのかもしれないけど……でも、時間とお金はかなりいただくことになるわよ」
「それには、心配には及びません」
言いながら少女は、柚那の座るテーブル隅に置かれた菓子折小箱に視線をちらちらとやる。
「この菓子折がどうかしたの? どれどれ」
柚那は、菓子折の包装紙を剥がして箱を開けたが、そこには個包装された焼き菓子が敷き詰められているのみ。
「おお、これは私が子どもの頃から好物だった、レッドブーツのクッキーアソート」
柚那は嬉々とした表情で、有名菓子店のオリジナル高級焼き菓子を見る。知る人ぞ知る老舗有名店だが、華族御用達の贈答用クッキーアソートは、一般販売がされていないことでも知られ、世間では幻の一品とまで呼ばれるシロモノだ。
しかしいかに高級クッキーとはいえ、ePUGカスタマイズの依頼料としては論外なのだが。
「……なんだか箱、えらく重いわね」
柚那は不審そうな顔をすると、箱からおもむろにクッキーを取り出す。
「まあ、今時こんな細工が好きなんて、なかなか変わったご依頼主ね」
二重底の下から出てきたのは、びっしりと敷き詰められた政府発行の記念金貨だった。枚数はざっと数えても50枚はある。この種類の金貨は銀行で現金に換金可能だが、丸1年は少々派手に生活しても困らない程度の額にはなると思われた。
「あのぅ、お気に召しませんでしたか?」
いささか心配そうに聞く少女だが、まるで昔の時代劇に出てくるような演出に、柚那は思わず苦笑する。
「ふふ、お代官様も悪よのぉ」
「……風見草屋、それはお互い様じゃろう」
『ほーっほっほっほっ!』
柚那の冗談を見事に返した少女は、お互いに作り高笑いをハモらせる。
「……ま、冗談はさておき。私が昔お仕えしていた家の御曹司様も、何かにつけて凝った演出が大好きでね。ちょっと懐かしいような気分になっただけよ」
冷静に我に返ると、思わずやや投げやりな口調で答える柚那。まるで世捨て人を思わせるその仕草と表情に、少女は柚那の触れてはならない怖い一面を一瞬見たような気がした。
「いいわ、金額も十分だし引き受けさせていただくわ……そういえば、貴女、お名前は?」
「苺香、式野苺香と申します。こちらが連絡先となりますので、ご依頼についてのこと一切は、私の方にご連絡お願いします」
苺香と名乗った少女は、連絡先が書かれた手書きのポストカードを差し出した。