本当はメッセージのやり取りを、仕事外でする。というのは加宮さんに話してしまうわけにはいかないだろう、それでは彼女の妄想を後押しすることになる。
 大学の先輩後輩の仲だということは知っているから、その辺りは想定内かもしれないけれど言葉にしない限り、私は羽柴先輩と社外では何もない。
 箱の中身がどうなっているかは、開けてみないと分からないのだ。

「ふうん。まあ、話ができてるなら良かったね」
「うーん。こももはさぁ、なんかちょっと勘違いしてない?」
「え?」
「私、別に羽柴先輩のこと特別扱いしてないよ」

 加宮さんがヤケに私に羽柴先輩の話題を振ることが多いとは思っていた。そうしてそれは傍から見れば、私が先輩に憧れているんだろうっていう目で見られているからだ。

 社内でも、羽柴先輩は気さくで話しやすいけれど、個人的に誘うにはそれなりの勇気と覚悟がいる、と言われて仕事ではあまり関わりのない女性社員からは遠巻きにされている。
 結果、みんな飲み会の幹事に期待をするわけだが飲み会にいったとて、王子様(笑)が崩れるはずもない。と、私は経験から解っているがそのチャンスにさえ縋るほど、羽柴先輩とお近づきになりたい女性は多いのだろう。
 噂話だけでも、先輩は入社してから数人に言い寄られている。
 私の居なかった年にはどれだけであったかという話は、良くしてもらっている総務の帆月(ほづき)先輩に至っては羽柴先輩が告白される場面をみたとかで「あの現場、宇佐見ちゃんたちにもみせたかったなあ」といつも詳細に語ってくれる。
 けれど肝心のお断りのセリフを教えてくれないのだ。一番聞きたい部分が聞けないことでいつもモヤモヤさせられている。
 羽柴先輩にお付き合いされている方は結局いるのかいないのか。いないらしい、というのが今社内で聞く定説である。

 こうやって人の恋話は普通に出来る。羽柴先輩に憧れる女性の話も、加宮さんの同棲している恋人の話にしても。
 けど、恋愛の話でからかわれることが私は苦手、ということもある。
 そもそも、からかわれること自体がそうなかった事だし、こと先輩に関してはいつも見ている側だった。
 憧れの目が、羽柴先輩に向くのを、見ているだけ。だから、周りのそういった目には少々敏感で、現に今は本社からやってきた彼女もそういう目を向けていることは解っていた。

「……ごめんね、変に気を遣わせたかな。本当に、そういうのじゃないから、普通にしてくれたら助かるな、って」

 きっと、加宮さんにそうやって誤解をさせて、誤解のまま羽柴先輩に話を振られてしまうことが、きついのだ。
 羽柴先輩は、私の事を、恋愛の意味合いでの好きでもなんでもないから。
 なんでもないと蓋をして、こうして同じ職場で、時々仕事ではない個人的なメッセージのやり取りもして、それだけでも“ただの町娘(わたし)”には身に余るものだというのに。
 話題に気まずくなり、話を変える。

「そういえば、高橋さん、こもものところには行った?」
「えっ、うん。私はそんなに関わることなかったけど、周りがちょっとピリピリしてたな……本社の人なのにって声がこう、空気でもやもやーって出てた」
「まあ、来週には終わるから、本当にそうだなって思うところだけ合わせたらいいと思うよ。古いやり方が全てでもない、新しいやり方をちょっと加えてみるのも手だと思う」

 高橋さんの話題になる。私と加宮さんはドッと疲れて重いため息をついた。
 現に、高橋さんの行為は確かに一理あることも多かったが、社内の空気を著しく悪くしているように思えた。
 本当はどうあるべきなのか、本社が寄こした人間ではなくこちらの社内の人間がもっと考えてくれたらと考えてしまう。
 高橋さんのやり方は、少しこちらのやり方を否定する傾向にあって、そこから話が始まるものだから、聞かされた側は受け入れがたい。食って掛かりそうになる。
 そこに羽柴先輩はいつも緩衝材として入る。羽柴先輩が人間緩衝剤として出来過ぎているが、それは普段の仕事ぶりがあっての事だ。
 彼女の滞在もあと半分、と云うところまで来て、高橋さんの通った部署もまだの部署も早く過ぎ去って欲しい、とだけ考えるようになっていた。

 私も普段から少しずつやっているものをここ数日でドサッと貰ったものだからストレスが溜まっている。
 正直癒されたい。甘いものか、ちょっと張り切った食材を入手するか。しかして今日は金曜日。ひと段落するからと、週末のご褒美に何を用意したものかと意識は傾いていた。