「おいミカズキ、そういう破損品は、いくつかの店舗に分散させたほうがいいぞ。目立たないようにな」
 通りがかりの先輩作業員が、良かれと思ってだろう、端的なアドバイスを残していく。
 一理ある。でも……
「むしろ、一つの店舗にたくさんの破損品が届いて、問題になるべきだと……僕は思いますけどね」
 僕はぶつぶつ言いつつも、結局は先輩に言われた通り、その破損品たちを学校のクラス分けみたいに分散させた。
 そういえば昔、年の離れた妹が、「オオシマイヨ」という同級生と全然同じクラスになれないと嘆いていた。それもそのはず、僕の妹もその女の子も、ピアノが弾けたのだ。ピアノが弾ける児童というのは、リーダー格の児童と同じく、クラス分けにおいて真っ先に分散させられる。
 僕はそのことを知っていたのだが、妹には教えなかった。妹がピアノをやめてしまうかもしれないと思ったからだ。
 当時妹から散々聞かされた話――「オオシマイヨとその周辺」とでも言おうか――の中で、妹はオオシマイヨに群がる人間たちのことを、「ドーナツ」と呼んでいた。リングドーナツの空洞の中心に、オオシマイヨがいる。そして特筆すべきは、「彼女とドーナツは触れ合っていない」ということだ。コンサートにおいてステージと客席最前列との間に緩衝地帯が設けられるように、オオシマイヨの立つ場所は聖域化されていた。
 しかし、アイドルに握手会などの交流イベントが存在するのと同じで、彼女とドーナツの間にも交流の機会が存在した。オオシマイヨは一年中、放課後に同級生たちの家を訪れて回っていたのだ。
「帰りの会」が終わると、教室には彼女を家に招かんとするドーナツたち(そこには彼女の同級生だけでなく、上級生・下級生・教師までもが含まれた)の輪が形成され、そして多くの男子たちが、そんなドーナツたちの輪を離れたところから眺める、第二のドーナツと化していた。
 ……妹が一度だけ、家にオオシマイヨを連れてきたことがあった。確かにあの「世界の真理を知っています」とでもいうようなすまし顔を一目見れば、誰もが彼女の虜になるだろうし、彼女に少しでも近付くため必死になるその心情も、理解できなくはなかった。
 だからこそ僕は、妹にクラス分けの仕組みを教えなかったのだ。
 でもそんな僕の気遣いとは別に、妹はピアノをやめたし、「オオシマイヨとその周辺」の話もしなくなった。