「はぁはぁ……。つ、疲れた」

「そりゃ、ケンケンパだから疲れるよ。何階にあったの?上靴」

「二階の階段の下の段にポツンって置かれてた」

「そこまでケンケンパで行ったの?諦めて普通に歩けば良かったのに」

「靴下汚したらお母さんが鬼になるんだよ〜。もう怖くて、怖くて。そのせいで左足パンパンだよ」

 彼女は脱げていた上靴を履き直して教室に戻ってくる。本当にケンケンパで行ったらしく、フルマラソンをした後のように息を切らしていた。
 ここから二階の階段まで、向かうのは両足で歩いていくのも億劫だというのに、彼女はそれをケンケンパで達成したのだ。無駄な根性すぎる。

「怒った親はナイフよりも怖しってね」

「何それ、面白い。私もこれから使おうっと」

「使用料十万」

「たっか!このぼったくりめ!」

 彼女と他愛もない話を続けていると、朝礼のチャイムと同時に先生が教室に入ってくる。

「え〜、今日はね皆さんの仲間が一人増えます。といっても、もう知ってますか。一応、自己紹介を」

 少し寝癖がついた髪の毛を揺らしながら、くまがビッシリとこびついた目。僕らの担任、熊澤先生は、彼女の方に視線をやる。
 彼女は、椅子から腰を上げて立つ。クラス中の視線が彼女に集まる。

「月海紅葉です。よろしくお願いします」

 彼女は軽く頭を下げる。パチパチ、とまばらな音で拍手が湧く。自己紹介を終えた彼女は椅子に座り直す。

「はい。ということで今日も一日元気にやっていこう。海月は分からないことがあったら、隣人さんに頼れよ」

 熊澤先生が言う、隣人さんとは僕のことだろう。視線がこちらを向いている。熊澤先生は、視線で何かを合図してくる。この視線もそういうことなのだろう。
 彼女が、この教室に来たからといって一限目が始まらない訳じゃない。今日もいつのように一限目が始まる。

「ねね、君。見て、これ」

「ん?なに。って、なに落書きしてるんだ。授業をまともに受けなさいよ」

 一限目が始まって二十分が経過した頃、彼女に机を叩かれる。彼女の方を向くと、教科書の偉人に落書きをするという中学生がしそうなことをしていた。しかも、絶妙な上手さで腹が立つ。

「いいの、勉強は。もう飽きた」

「飽きたってまだ二十分ぐらいしか経ってないじゃないか」

「中々だよ?二十分って。なにが出来ると思う?二十分あれば」

「えっ、そんなの知らないよ」

「アニメ見られるよ。一つだけ」

 彼女は二十分しか経ってないというのに、彼女はノートを閉じて、シャーペンを机の上で転がしていた。まともに授業を受ける気がサラサラないようだ。

「見られないよ、二十分じゃ。今のアニメは長いんだから」

「おろ?アニメ詳しいの?」

「人並み程度には見るよ」

「へえ。何見たりするの?」

「例えば……。って、君の話に付き合ってる暇はないんだよ。あぁ、まだ書いてないのに消された」

 彼女の話についつい乗ってしまい、まだ書き途中の板書が消されてしまった。
 乗ってしまったことを後悔するが、なんかもう面倒くさくなってしまった。一度こうなってしまうと、人間はなかなかやる気が出ない。
 なら、もう彼女とこの時間はずっと話しておこう。

「書くの面倒くさくなったから、君の話に付き合うよ。それでアニメの話だっけ?」

「そうそう、なんのアニメ見る?」

 話に付き合うと言った時、こころなしか彼女の表情が少し輝いて見えた。窓から射し込む太陽の光のせいだろうか。