赤、青、黄色。色とりどりの薔薇の花弁が体育館に舞う。皆は演出だと思い、歓声を上げて拍手を木霊させる。

 でも、僕と彼女だけは知ってるんだ。舞う薔薇が演出じゃないことを。この薔薇は彼女の命の花弁だということを。体育館に木霊する拍手の嵐は、彼女がここにいないということを肌に感じさせる。
 死ぬ間際に五回だけ動いた彼女の唇。なんて言ったかは聞こえなかったけど、僕には分かる。 ズルいじゃないか、言うだけ言って逝ってしまうなんて。僕はまだ彼女に言えてないじゃないか。

 彼女の命の花弁は体育館の空を踊って、泣きじゃくる僕の手ひらに、はらりと舞い落ちた。慰めるように優しくのった花弁は少し萎れていた。萎れた花弁を強く握り締めて、いなくなってしまった彼女を忘れないように胸に寄せる。僕の心臓は、ドクン、ドクン、ドクン。と波を寄せては引き返していた。
 丸めた紙をもう一度開いた時のように、顔をぐちゃぐちゃにして、僕は嗚咽を漏らしながら泣く。

『……泣かないで』

 耳をつんざくほどの拍手と歓声の中、聞こえるはずのない彼女の声。君を探そうと俯いていた顔を上げても、そこにもう彼女はいない。頬には涙だけが走る。
 天高く花となって舞い上がってしまった、彼女をこの世に繋ぎ止めておく花瓶は見つからない。声を荒らげて彼女の名前を呼んでも返事はかえってこないんだ。

「おい音成、音声は止まってるぞ。早く終わりの言葉を言うんだ」

 幕の袖から実行委員の林が、泣きじゃくって終わりの言葉を忘れた僕に幕をおろすように指示を飛ばす。

 無責任じゃないか。僕一人にこの幕を閉じさせるなんて。約束したじゃないか、それまでは私ここにいるよって。何満足しちゃってるんだ。まだ僕達の舞台は続いているんだ、誰が空に行っていいと言ったんだ。

 行き場のない彼女への怒りだけが心に積もっていく。ぽっかりとクレーターのように空いてしまった虚しさは立ち上がる力さえも抜けさせて、壇上に膝をつくことしか許してくれない。

 徐々に舞っていた花は消えてゆき、生徒の目線は泣きじゃくることしか出来ない僕に降り注ぐ。何故、泣いているのか分からない生徒はさっきと違ったざわめきを声から漏らす。

「え、何。なんで泣いてるの?」

「おい、あいつなんで泣いてるんだよ」

 ステージの下から聞こえる困惑の声。壇上から聞こえていても、涙が止まってくれることは無い。制服の裾で拭っても、ただ制服が湿っていくだけ。

『あはは、顔べちゃべちゃだ。ほら、早く締めないと。私の人生が終われないよ』

「無責任に……逝っときながら何偉そうに言ってるんだよ」

 頭に響く彼女のおちゃらけた声。いつも、どこか少しだけ偉そうで物言いがお嬢様のような彼女。でも、それは僕に勇気と一歩を踏み出す機会を与えてくれる。その証拠に、今も僕は涙が止まり前を向けていて、口を開いていた。

「……これで、アングレカムに詠うを終わります。ご清聴ありがとうございました」