繁華街に着き、車を駐車場に止めた。
昼間の繁華街はひっそりと静まり返り秋風が寂しく感じられた。
飲食店の前にはゴミが所々に置かれていて、カラスがゴミを突いていた。
時折、飲食店の出前の青年が自転車に乗って忙しく配達をしていた。
彰人は相談所のある雑居ビルに着いて2Fへと向かった。
入り口のドアが空き受付の女性に迎えられた。
「お相手の方がお待ちです。こちらになります」
そう伝えられ、奥へと通されると一人の女性がソファーに座っていた。
女性の前のソファーに座ると彰人は一瞬言葉を失った。
そこには10年前に亡くなった彰人の恋人、香織に瓜二つの女性が座っていたー
「え? 香織、、」
彰人が言葉を失っているとソファーの横の店長が紹介を始めた。
「冬野あやさんです」
「こちら鳴水彰人さん。それではお二人でお話しください。」
店長が二人に告げると受付の女性が二人にお茶を運んできた。二人に頭を下げると応接室のドアが静かに閉められた。
彰人はあやと紹介された女性をただ茫然と見ていた。
香織にそっくりだったが髪はショートのアッシュでブラウンの服に黄色いパンツ姿の美しい女性だった。
「はじめまして。冬野あやです」
「あ、はじめまして。鳴水彰人です」
重苦しい雰囲気が漂った。
ビルの窓から夕方の光が差し込んでいた。
「私、こういう所に登録するの始めてで、、」
あやは恐る恐る話し出した。
「僕も初めてです、、はは」
「あの、、」
彰人は何かを聞こうとしてやめた。
それ以上会話は続かなかった。
長い沈黙が続いたー
すると10分程して待合室のドアが開いた。
「いかがですか?後はお茶にでも行かれてお二人でゆっくり話されてみてください。」
オールバックの髪型の店長は銀縁のメガネを光らせながらそう告げた。
半ば強引に連絡先を交換させられると店長に促されるようにして二人で相談所を出た。
彰人が時計を見ると夕方の5時を回った所だった。
「何かすみません。何もお話出来なくて、、」
「いや、良いんですよ」
あやは笑顔を見せた。
彰人は自分の心臓の音を聞いていた。
それは初めての紹介というだけではなくあやが香織に瓜二つだったからー
「この後、どうされますか?」
彰人があやに聞くとあやは俯いていたが彰人の方を見て力強く言った。
「良かったら何処か行きませんか?」
彰人は思いがけない言葉に躊躇したがしばらく考えてあやに言った。
「良かったら屋台にでも行きませんか?とても美味しいお店があるんです」
彰人は恐る恐るあやに聞いた。
「はい」
あやは嬉しそうに微笑んだ。
やがて二人は夕方の繁華街を歩き出した。
何かを話すわけでもなかったがその方が彰人は心地よかった。
「あのフリーライターされてるんですか?」
「はい。でも駆け出しで全然お仕事もらえない。売れないライターです」
「そうなんですね」
「彰人さんは何かされてるんですか?」
「あ、ただのサラリーマンです」
彰人は人生最後の日に何を話しているのだろうと思ったが最後の思い出にあやに出会えたことを何処か嬉しく切なく感じていた。
「あ、此処です」彰人は小さな屋台にあやを案内した。
「いらっしゃい!」店主のいつもの威勢の良い声が聞こえてきた。
二人は並んで座りラーメンとおでんを注文した。
「ここのラーメン美味しんです。わざわざ県外からも足を運ぶ人もいるくらいで、、」
「それと、おでんも僕が今まで食べた中で一番美味しいです」
「嬉しいな、、私、屋台に一人で入ったことなくて、、女性一人だとどうしても敷居が高くて、、」
やがてラーメンが運ばれて来て、続けておでんも運ばれて来た。
あやは美味しそうにラーメンとおでんを食べていた。
彰人はただその姿を見つめていた。
その姿はいつの日かの香織と重なった。
「あー美味しかった」
あやは満足気に手を合わせた。
彰人もラーメンとおでんを全て平らげた。
「良かったら家の近くまで送って行きますよ」
「良いんですか?」
「はい」
「それと、また連絡してもいいですか?」
あやはニコリと笑い彰人に聞いた。
「はい。いつでも連絡してください」
彰人も微笑んだ。
「大将ありがとう」
彰人はそう言ってお代を支払うと二人で駐車場に向かって歩いた。
助手席に座るあやの横顔は何処か儚げで美しかったー
それからしばらくあやから連絡はなかった。
彰人は何故か寂しく感じていた。
もうこのまま連絡が途切れて終わるのだろう、、そう思っていた。
その日も彰人は仕事に出かけ、遅い時間に帰宅した。帰りにお弁当を一つ買ってマンションの鍵を開けた。「キーッ」という重苦しい音ともに扉が開き真っ暗な部屋に着いた。
「ただいま」
テーブルに鍵を置いて誰もいない部屋の机の方を見た。
そこには10年前にこの世を去った恋人、香織の写真が飾られていた。
彰人の心は先日、あやに出会ったことによりかき乱されていた。
香織が亡くなった日、彰人は誰も居ない部屋で声を殺して泣いた。
もうこれ以上泣くことはないだろうと思うくらい泣いた。
それからの彰人は滅多に泣くことも笑うこともなくなっていた。
感情をどこかに置いてきたような毎日を過ごした。
やがて、一年、二年と経つにつれていつしか香織のことを思い出すことも少なくなっていた。
香織の元に旅立とう。そう思っていた矢先にあやに出会った。
彰人は夕食を済ませると散歩に出かけた。
暗い夜道は何処かひっそりとしていて通りには人影もなく自分だけがこの世に取り残された存在のように感じられた。
香織とよく訪れた川辺についた。
土手を下って川を見つめていた。
在りし日の香織はこの川が好きだとよく言っていた。春には綺麗な草花が咲き、夏には初夏の香り漂い、蝶々がきれいに飛んでいた。
秋になると水面に写る夕日が美しく小波が立つ光景は時間が経つのも忘れる程だった。
冬になると凛した空気の中ただ静かに澱んで流れゆく川の水が濃く深く蒼かった。
彰人は時間が経つのも忘れて川を眺めていた。いつしかの香織の笑い声が耳にこだましていた。
なぜか彰人は携帯を取り出すとあやの番号を見ていた。
そして、衝動的に電話をかけていた。
「もしもし?」あやの声だった。
「あ、彰人です。こんな時間にごめん、、」
「どうかされましたか?」
「あ、いや元気かなぁと思って、、」
「元気ですよ。今お仕事終えてこれから寝ようと思ってた所です」
「そっか。遅くにごめん。先日はありがとう。それだけ伝えたくて、、」
「もしもし、彰人さん?」
「今何処に居るんですか?」
「家の近くの川辺、、」
「そう、、」
「あのさ。今度また会えないかなぁと思って、、」
しばらくあやからの返事はなかった。
「ごめん、、何でもないよ。おやすみ」
「彰人さん、、海、、海に行ってみたい、、」
あやは呟くように言った。
「もう長いこと海を見てないので、、」
「そっか、、それじゃ明日行こう」
彰人は努めて明るく振る舞った。
「うん。ありがとう」
「それじゃ、明日迎えに行くから」
「おやすみ、、」
「おやすみなさい、、」
あやからの通話が途切れた。
彰人は光の消えた携帯を見ていた。
次会ったらもうあやには会わないでおこう。
彰人はそう思っていた。
次の日、彰人は朝早くに目覚めた。
時計を見るとまだ6時で辺りはうっすらと暗かった。熱いコーヒーを淹れてタバコに火をつけた。
あの日、自分は死ぬはずだった。
ただどうしても一目あやに会いたかった。
それは嘘偽りなどなく彰人の本心だった。
あやにもう一度会ったら自分は心残りなくこの世を旅立てる。そう思った。
TVを付けると朝のワイドショーが流れていて事件や芸能人のスクープが流れていた。
人気アイドルグループの活動休止や若い青年が起こした事件などが取り上げられていた。
SNSではさも自分が見たことのように憶測に過ぎない意見が発信され、そのことでまた新たな憶測が飛びかっていた。
この世は残酷だ。
平等などという観念はなく、資本主義の社会では弱いものは淘汰され、この世から消えてゆく運命にある、、
嘘と真実も紙一重で嘘も通ってしまえばそれが真実になってゆく、、
自分が生きた意味は何だったのか、、彰人は一抹の悲しさを感じていた。
香織といた頃はこの世の全てが綺麗にみえた。
目に見えるもの触れるものその全てに色と温もりがあった。
ただ今は色のついていないモノクロの世界を彰人は生きていたー
やがてうとうとしていた彰人が目を覚ますとあやとの約束の時間が近づいていた。
急いで支度をしてあやを迎えに行った。
日の落ちかけた夕暮れは眩い光を放っていてもう冬が近づくことを彰人に教えていた。
車を街の方に走らせると30分程であやの家の近くに着いた。
近所の公園で待っているとあやがこちらに手を振りながら車に近づいてきた。
あやはジーンズに紺色のシャツ、そしてベージュのカーディガンを羽織っていた。
「すいません、、遅くなって、、」
「大丈夫ですよ。」
彰人は微笑むとアクセルを踏んだ。
「もう会えないと思ってました、、」
彰人はあやの方をみて都市高速の方へと車を走らせた。
「すいません、、仕事が忙しくてなかなか連絡出来なくて、、」
あやは本当に申し訳なさそうに呟いた。
流れゆく都会の景色は美しく夕日が眩しかった。
やがてゆっくりと徐行して海のすぐ近くのインターで降りた。
そこには青く綺麗な海が広がっていて白い砂浜が見えた。
茜色に海は染まり静かに小波が立っていた。
埠頭に着いて車を止めた。
堤防を降りて白い砂浜の広がる海に降りた。
季節外れの海は人影もなく、ただ波の音だけが聞こえていた。
しばらくの沈黙が続いたー
「綺麗ですね、、」彰人は呟いた。
あやはただ黙って海を見つめていた。
「あの、、」あやは何かを言いかけてやめた。
彰人もただ黙って海を見つめた。
「あの日、死ぬつもりだったんだ、、」
彰人は静かにあやに告げた。
「あやさんに出会えた日、、僕は死ぬつもりだった」
「え?」あやは驚いた。
「もうどうでも良いやって思ってたんだ、、」
「、、、。」
「そう、、」あやは悲しげな表情を見せた。
「人生最後の思い出にしたかったんだ、、」
「だからあの日AI(アイ)に登録したんだ」
「最後に思い出を残したかった、、」
「彰人さん、、」
「ごめんなさい、、」
「彰人さんごめんなさい、、」
「私、彰人さんを騙してたんです。」
あやは体を震わせながら彰人に告げた。
「私、あの店に雇われて、、それでお金がもらえたんです、、」
「本当はフリーライターでも何でもなくただAIでアルバイトをするフリーターなんです」
「生活に困って仕方なくAIに登録してたんです、、」
「生きていくために仕方なく、、」
彰人はただ静かに波打つ海を見つめていた。
「大丈夫だよ」彰人は微笑んだ。
「僕、知ってたんだ、、」
「知ってたんだ、、」
「え?」
あやは驚いた。
「たまたま目にした求人情報でAIのアルバイトレディ募集の広告見たんだ。だから知ってたんだ、、」
「そう、、」
あやの瞳に涙が滲んだ。
「それでも良かった、、」
「それでも、、」
「死ぬ前に思い出を作りたかった、、」
彰人は優しい微笑みを浮かべていた。
「本当にごめんなさい、、」
あやの瞳からポロポロと涙が溢れた。
「嬉しかった、、あやさんに出会えて、、」
彰人は笑顔を見せると日の落ちる海を見つめていた。
やがてあやは静かに語り出した。
「彰人さん、、死ぬなんて言わないで、、」
「どんなに苦しくてもどんなに無意味でも生きていて欲しい、、」
「絶対、私が彰人さんを死なせない。絶対に、、」
「AI(アイ)のお仕事はもうしません、、」
「お仕事だったとはいえ、きっと私も誰かに出会いたかったんだと思います。」
「誰かに出会って自分が生きている意味を見つけたかったんだと思います、、」
「ただ苦しくて、、ただ寂しかった、、」
「彰人さんと同じです」
「この街の思い出に綺麗な思い出を残したかった、、」そう話すあやの瞳には涙が滲んでいた。
「私、この街に来て何一つ良い思い出なんてなかった、、」
「だから、最後に思い出を作りたかった、、」
「最後に、、」
夕日にあやの涙が輝いてキラキラと輝いていた。
二人を優しく見守る波の音だけがただ静かに聞こえていた。
「あやさん、一つだけ約束して欲しいんです。」
彰人はあやの目を見て言った。
「絶対に幸せになるまで生きるって約束して下さい。」
「僕ももう死ぬなんて言わない。」
「だから、あやさんも生きて欲しい、、」
「これから誰と出会ってもどんな人生が待ってても生きてて欲しんです」
風が静かにあやの髪を揺らしていた。
「約束します」
「絶対に生きるって約束します」
あやは泣きながら笑った。
その姿は儚く彰人にはとても美しいものに感じられたー
あやと「生きる」ことを約束した彰人はただ穏やかな日々を過ごしていた。
それから彰人の目に写るものは何故か少しだけ以前よりは綺麗なものに感じられた。
朝、車で通勤する時の見慣れた景色も日々刻々と変わっていく季節の変化も愛しく感じられ帰宅する時に必ず見る野良猫の仕草でさえも愛しかった。
自分にあとどれだけの時間が残されているのかは分からないが今を精一杯生きて見よう。そう思った。
やがて冬になり木枯らしが吹き始める季節になった。時折吹く風はひんやりと冷たく長い長い冬の訪れを知らせていた。
寒さが身に染みるようになりスーツの上にコートを着込んで通勤していた。
会社の業績は日々悪化していて希望退職者を募るようになっていた。
彰人はもしリストラされたら故郷に帰ろう。そう思っていた。
職場の雰囲気も少しピリピリしていて居心地の良いものではなかった。
彰人は時折故郷ののどかな景色を懐かしく感じていた。
今度、帰ったら両親をささやかな旅行に連れて行こう。そんなことを考えていた。
「生きる」ことを約束しても日常は変わることはなく彰人を取り巻く現実は厳しいものだった。
ボーナスが出て家賃の滞納こそなくなったが同時に彰人には何も残って居なかった。
この街で過ごした10年で彰人が得たものはほぼ皆無と言っても良かった。
そうぼんやりと思っていた時だった。
携帯電話に着信があり、画面を見ると「あや」と表示されていた。
彰人は電話を取った。
「もしもし、あやさん?」
「こんばんは。あやです」
「もし良かったら今度の日曜日会えませんか?」
「うん。良いですよ」
「それじゃ、日曜日の18時にいつもの場所で待ってますね、、」
「それと、、そろそろ敬語は辞めませんか?」
「あ、、そうだね、、」
「何て呼んだらいい?」
「あやで良いですよ。」
「うーん。でもやっぱりあやさんって呼ぶよ」
「それじゃ私も彰人さんって呼ぶね」
久しぶりにあやの声は弾んでいた。
彰人も嬉しかった。
そんなあやの声を聞くのがただ愛しく感じられた。
「それじゃ、日曜日。おやすみ」
「おやすみなさい」
電話を切って彰人は部屋の天井を見つめていた。
あやに会えるだけで彰人は幸せだった。
日曜日の夕方。彰人はあやを迎えに行った。
その日は今年初めての雪が降っていた。
いつもより少しだけおしゃれをした彰人は伸びていた髪を切った。部屋の鍵を閉めてあやの住む街へ向かった。
時間より少し前に到着して暗くなってゆく公園の側道にウィンカーを出して車を停めた。
あやは笑顔で駆け寄って来て助手席に乗り込んだ。
少しだけドレスアップしていて透き通るような肌はうっすらと化粧が施されていて美しい横顔はいつもより華やかに見えた。
彰人も笑顔を見せると予約していたイタリアンレストランに向かって車を走らせた。
窓の外は粉雪が舞っていてすれ違う車のライトの光だけが眩しく見えた。あやの方を見るとただ黙って窓の外を見つめていた。
楽しい時間が流れたー
あやは笑っていて子供の頃の話や好きなものの話、そして今日あったことなどを取り止めなく話した。
彰人も久しぶりに笑っていた。
彰人にはこの瞬間がとても大切なものに思えた。
もう二度とあやに会うことはない、、
そのことが切なくかけがえのないことのように感じられた。
例えどんな出会いでも二度と戻れないこの瞬間を大切に思った。
食事を終えると彰人は街で一番高い山へ向かった。
夜景が綺麗な場所で街が一望できる場所だった。
展望台に着いて車を降りた。
人影はなく目の前に広がる夜景はキラキラと星のように輝き微かな光を放っていた。
あやはただ黙って雪が舞うこの街の夜景を見つめていた。
とても優しい眼差しでこの街の景色を目に焼き付けているようでもあった。
彰人もただ黙って夜景を見つめた。
「綺麗だね、、」
「うん」
「彰人さんの故郷ってどっちの方角?」
「こっちかな、、あやさんは?」
「たぶんこっち、、だけどここからずっとずっと遠い場所」
「あやさんの故郷ってどんな所?」彰人はあやに聞いた。
「海沿いの街。空が青くて綺麗で白い砂浜と綺麗な蒼い海が広がっていて人の温もりが感じられる街、、」
「何もない所だったけど幸せだった、、」
「その頃はまだ家族みんな元気でおじいちゃんやおばあちゃんに両親、そして弟。みんな優しかった、、」
「この街に来てから何か大切なものを失いかけてた気がする、、」あやは取り止めもなく話した。
彰人はただ黙って聞いていた。
「あのね。私ずっと気になってたんだ」
「彰人さん。あの日どうして騙してること知ってて私に優しくしてくれたの?」
あやは彰人に聞いた。
「似てたんだ、、」
「似てたんだ、、亡くなった恋人に、、」
「だから、守りたかった、、」
「その人を守ってやることが出来なかった、、」
「だからあやさんを大切にしたかった」
「その人はある日突然自ら命を絶った」
「僕はその人を守ってあげられなかった、、」
彰人の目に涙が滲んでいた。
「だから、あやさんが僕に生きて欲しいって励ましてくれた時嬉しかった、、だから今度は僕があやさんを守らなきゃって思ったんだ」
「彰人さん、、」
あやは彰人を見つめた。
「彰人さん。私、故郷に帰ろうと思う」
「嬉しかった、、」
「優しくしてくれて、、嬉しかった、、」
「出会ってくれてありがとう」
「幸せだったよ」
あやはただ黙って目の前に広がる光のパノラマを見ていた。雪は音もなく降り続き、静かに降り積もって行ったー
その日も雨が降っていた。
鬱蒼とした雲が広がり今にも泣き出しそうに空を覆い尽くしていた。
今年も終わろうとしていた。
あやは故郷に帰るために部屋の荷物をまとめていた。
彰人も荷造りの手伝いに来ていた。
「わざわざ手伝いに来てもらってごめんなさい。」
あやは申し訳なさそうだった。
「良いんですよ。気にしないでください、、」
「重いものは僕が持ちますんであやさんは運べるものをダンボールに詰めてください。」
彰人があやの方を見るとあやは何かを見ていた。
「あーこれ懐かしいなぁ、、」
あやは昔の友達と写った写真をしみじみと見ていた。
「あれからだいぶ経ったなぁ、、」
あやは何かを思い出しているようだった。
「あ、この写真みて!友達と海に行った帰り、、二人ともピースしてる、、なんだか懐かしいなぁ、、」あやはクスクスと笑った。
そこにはあやが友達と浜辺でピースサインをしている姿が写っていた。
「この頃は怖いもの知らずで何もかもが楽しかったなぁ、、」あやはしみじみと言った。
「10年前に故郷から出て来ていろんな楽しいことあったけど今日この部屋とお別れするのなんだか寂しい、、」あやは寂しげだった。
「僕も寂しい、、あやさんがこの街から居なくなるの、、」彰人は呟いた。
「彰人さん。またこの街に遊びに来てもいい?」
「うん。良いよ。いつでもあやさんが来るの待ってるから、、」
すると、あやは何かを見つけて黙って見つめていた。
そこにはあやがかつてライターを目指していた頃の記事や原稿が出てきた。
しばらく見ていたあやの瞳からポロポロと涙が溢れた。
その涙が原稿の束の上に落ちては滲んでいた。
「あやさん、、」
「ごめんね。なんか、悲しくなって来ちゃって、、」
彰人はかける言葉が見つからなかった。
「あの頃は期待に胸を膨らませて田舎から出てきてただ、がむしゃらに頑張ってた。夢は叶うって信じてたんだ、、それなのに、、」
彰人はそっとあやの肩を抱いた。
「大丈夫だよ、、あやさんは精一杯頑張ったんだ、、」
「例え叶えられなくてもあやさんは頑張ったんだ、、」彰人の瞳からも涙が溢れた。
あやは泣き続けた。
涙が枯れるまで泣き続けた、、
彰人にはあやの気持ちが痛いほど伝わっていた。
彰人はただあやに寄り添うことしか出来なかった。
あやは彰人の胸に顔を埋めてその胸で泣き続けたー
それから彰人はあやを駅に送った。
二人とも何も話すことは無かった。
新幹線の改札口で彰人はあやを見送った。
「元気でね、、」
「あやさん元気で、、」
「彰人さんも元気で、、」
彰人は手を振り笑顔を浮かべていた。
あやも彰人に手を振り笑っていた。
やがて出発便のアナウンスが流れた。
あやは彰人を見つめると改札を抜けて歩き出した。
やがて人混みの中にあやの姿が消えていきそうになる前に彰人は叫んだ。
「あやさん!必ず会いに行くから!」
「会いに行くから!」
その声があやに届いたのかあやはこちらを振り返り笑顔を見せると人混みの中に消えていった。
彰人はその姿を見つめていた。
あやの姿が見えなくなっても彰人はいつまでもいつまでもあやの姿が見えなくなった改札の向こうの雑踏を見つめていた。
彰人は新幹線に乗って窓の外を見ていた。
次々と流れてゆく景色はあやとの記憶のようでもあった。
あやに会えなくなってもうすぐ半年が過ぎようとしていた。
駅を出て電車とバスを乗り継ぎ、海沿いの小さな町を訪れた。
バスを降りると初夏の風が気持ち良く目の前には白い砂浜と青く澄んだ綺麗な海が広がっていた。
バス停の前には駄菓子屋さんがあって子どもたちが歓声をあげて通りを走っていた。
青い海は静かに小波を立てて穏やかな波が浜辺に打ち寄せていた。
空は抜けるように青く雲が気持ちよさそうに浮かんでいた。
砂浜に一人の女性が座り何処までも続く海を見つめていた。
「あやさん、、」
彰人はあやの名前を呼んだ。
「彰人さん、、」
あやは振り返った。
「また会えたね」彰人は笑っていた。
あやも眩しい笑顔を浮かべていた。
「何だか初めて会った日のことが昨日のことのように感じるね、、」
彰人はあやの横に立って打ち寄せる波を見ていた。
「うん、、」
あやは小さく頷いた。
「あやさん、、」
彰人はあやの名前を呼んだ。
「あの日、あやさんに出会わなければ僕は今頃死んでた、、」
「あやさんが僕の命を救ってくれたんだ、、」
「あやさんが僕に生きる希望を与えてくれた、、」
「あの日あやさんが僕を励ましてくれたように今度は僕があやさんを励まし続けるよ、、」
あやの肩が微かに震えていた。
優しい風が二人の間を通り抜け、白い波が寄せては返していた。
「それとね。もう一つ伝えたいことがあるんだ、、」
あやはただ黙って彰人の言葉を聞いていた。
「好きなんだ。あやさんのことが、、誰よりも、、」
「何も叶えられなかったけどあやさんに出会えたことが僕の誇りだよ、、」
「それと、、」
「そばにいるよ。ずっとあやさんのそばにいる、、」
あやは立ち上がり彰人を見つめた。
「彰人さん。救われたのは私の方だよ。あの日彰人さんに出会わなければ私は今頃何をしていたか分からない、、もしかしたら誤った道を歩いていたかも知れない、、」
「彰人さんが私を救ってくれたんだよ、、」
「何も叶えられなかったけど彰人さんに出会えたことが私の幸せ、、」
「それと、、」
あやは目を伏せた。
「彰人さんが私に愛を教えてくれた、、人を愛することを教えてくれたんだよ、、」
やがてゆっくりと顔を上げて彰人を見つめた。
「私も彰人さんが好き。誰よりも、、」
あやの顔を優しい光が照らしていた。
優しく降り注ぐ光は二人を照らしていた。
波はただ静かに寄せていて砂の粒が太陽の光に照らされてキラキラと輝いていた。
空は抜けるように青く優しい風が二人を包み込んだ。
彰人とあやはどこまでも続く青い空を見上げた。
空は鮮やかなスカイブルーに澄み渡っていたー
fin