「あっちぃなー」
「んー」
「ほらもう見ろよ、ほぼ水だそこのアイス」
「だね……」
「八月朔日、ラムネのビー玉の取り方知ってる?」
「え、……叩き割る?」
「ふはっ、せいかーい。一番手っ取り早いよな」


ミーン、ミーンと蝉が合唱している。時折吹く風が風鈴を揺らすも、涼しいとは到底思い難い炎天下だった。シャリシャリと音を立てていたアイスは、たった数分外の熱気に触れただけであっという間に水に戻ってしまう。ラムネ瓶は汗をかいていて、ベンチに置くとあっというまに周りがびしょびしょに濡れていた。


夏、汗、制服。『みずがめざ』の店前にあるベンチに座ってラムネを飲み、アイスを頬張る私たちが置かれているこの状況は、いわゆる青春に値する瞬間、なのだろうか。


喉を抜けるラムネの微炭酸が体内で弾はじけて溶ける。あっという間に飲みきってしまった瓶を目の高さに合わせ、カラカラと揺れるビー玉を見つめる。瓶ごと壊すしか、そのガラスに触れる方法を知らない。ガラス越しで見つめる景色は一面青で、太陽なんか存在しないみたいに透き通っていて、涼し気だ。


「俺、中学の時までここら辺に住んでてさぁ」


不意に相馬くんが口を開く。私はラムネ瓶から目を離し、隣に座る相馬くんに目を向けた。どこか遠くを見つめるその瞳はやけに寂しげで、まるで何かを焦がれているみたいにも思えた。形の良い唇が、続く言葉を紡ぐ。


「今は、高校の近くで姉ちゃんとふたりで住んでるけど。母さんたちは今も昔の家使ってる」
「そうなんだ…」
「だから、ばーちゃんとは昔から知り合い。ちっちゃい時からこの店には友達と毎日のように来てたよ」


自転車で40分。たしかに毎朝通うとなればきついのかもしれないけれど、通えない距離ではない。交通の便が悪いわけでもないから、電車を使えば20分くらいで学校には着ける。

けれど、相馬くんがそれをせず地元を離れてお姉さんとふたりで暮らしているのには、なにか訳があるのだろう。安易に触れていいことではないような気がしたので、私は何も言葉にはせず、曖昧に相槌を打った。


「気になる?」
「……気にならなくはないけど、べつに、無理に聞こうとかは思わない。相馬くんが話したいならこのまま聞くし、触れないでほしいなら何も知らないふりするよ」
「ふうん?」


「やさしーんだ、八月朔日」そう付け足されて、曖昧に眉を下げる。やさしい、というのだろうか。誰だって、人に言いたくないことや聞かれたくないことがあるものだと思う。

私だってそうだ。家族との間に感じているジレンマを、そう簡単に人に話したいとは思わない。話すとしても、心を許した人間を選ぶと思う。逆の立場だったとしても、補習で2日前にまともに話したような浅い関係の相馬くんには話さない。

だから分かる、その気持ちが。



「好きなんだよな」



芯のある、真っすぐな声だった。好きだと思っちゃったんだよな。2日前、同じような言葉を聞いた。根拠は無いが、相馬くんの口から出る「好き」が向かう先には、同じものが居るような、そんな気がした。


「……それは、何に対しての」
「あれ。無理に聞こうとは思わないんじゃなかった、八月朔日」
「え」
「残念だけど、八月朔日に対してのそれじゃないことだけは確か」


相馬くんが悪戯に笑う。なんだこいつ、と正直思った。意味深な「好き」を言うから、聞いてほしいのかと思ったのに。勝手に捉えてしまった私が悪いのか、否、私の反応で遊ぶ彼が悪いのか。内心ムッとしながらも「そんなのわかってるよ」と乱暴に返す。


相馬くんが私のことを好きなんていう可能性は最初から考えていなかった。私たちはまだ友達にも満たない関係。それなのに、どうして私が振られたみたいになってるんだ。一応私にも乙女心たるものが存在するわけで、冗談でも、少しだけショックだ。口を尖らせ、ふいっと目を逸らす。


「ごめんって八月朔日」
「べつに、何も怒ってないよ」
「悪気はなかった」
「わかってるよ。怒ってもないし」
「声、怒ってる」
「それは相馬くんが…」



相馬くんが。相馬くんが、何だろう。こういうところ、ふとした時に自分が女であることを自覚する。面倒くさい女の子に多い、あれだ。怒ってるのに怒ってないって言っちゃったり、怒る必要のないところで拗ねたり。わかってるのに止められないって、人間ってけっこう感情的。時々、自分のそんなところが見えて嫌になる。

言葉を詰まらせたままやるせなく俯いた私に、「なぁ」と声が落ちた。



「八月朔日だけじゃないよ。女の子のことを、そういう目で見れない。病気なのかな、わかんねーけどさ」



​────その言葉に、私はなんて反応したのか。

ぱっと顔を上げた先、金色の前髪の隙間から覗く、ビー玉の何倍も黒い瞳。その中で、私の影が揺れている。蝉の声が遠くなる。相馬くんの唇が動く。私は、石化したみたいにその場から動けなかった。首筋を伝う汗が、やけに冷たかった。








「俺は、男を好きになっちゃうんだ。気持ち悪いって、笑っていいよ」