全開にした窓の向こう側では、照り付ける太陽の元ミンミンと蝉が鳴いている。吹き抜ける風は無く、教室の一角では対象者が曖昧なまま業務用扇風機が首を振っている。時折背中に来る微風が、やけに涼しく感じるのだった。



「はい、じゃあここまで。補習過程は今日で全部終わりでーす。みんなお疲れさん、アイスでも食って帰んなさんな」



8月7日、午前11時45分。既定の時間より5分だけ早く授業を終えてくれた木下先生の言葉に、「やったー」とか「疲れた」とか「はらへったー」とか、生徒がぱらぱらと返事をしている。

世の高校生は夏休み真っ只中であるこの時期に、白い半そでブラウスと紺色のスカートを身に纏い、一週間学校に通い続けた。そんな地獄も今日で終わるらしい。


私は、プリントをファイルにしまいながらちらりと隣の席に目を向けた。


机に突っ伏して眠る男子生徒。透き通るような金髪は、校内じゃ類を見ない。髪の隙間から覗く耳たぶには、シルバのフープピアスがひとつ。枕替わりにしている両腕には、血管が綺麗に浮き出ていた。長袖のワイシャツを3回ほど捲っている腕でルーズリーフが下敷きになっているようで、端の折れた紙が少しだけ飛び出ていた。

生徒たちが徐々に帰って行く音を耳にしながら、私はひとり、その金髪を見つめる。



「相馬、おきろー?」


呆れたような声色とともにこちらに向かってきた木下先生が、丸めたプリントで金髪頭をぺしっと叩いた。まただ、と心の中で声をこぼす。男子生徒がもぞ…と身体を動かし、ゆっくりと顔を上げた。その拍子に、彼の下敷きになっていたルーズリーフやプリントがカサカサと動く。



「おまえ、7日間のうち3日休みは再補習だぞ」
「嘘やんけ」
「おう、嘘」
「虚言はパワハラっすよぉ、キノセン」
「なにがパワハラだよ。ほら、帰った帰った」


くしゃくしゃと金髪頭を撫でると、木下先生は「八月朔日も気ぃ付けて帰れよ」と私にも一言そう声をかけて教室を出て行った。

心なしか微笑まれたような気がして、教師たるもの生徒の微々たる変化にも気づいてしまうものなのかと、内心とても感心した。


「八月朔日、これあげる」



その声と共に、1枚のルーズリーフを渡される。今の今まで相馬くんの下敷きになっていたそれである。

受け取ると、そこには木下先生の似顔絵が描かれていた。初めて見た時は横顔だったけれど、今回は正面だ。くっきりとした二重に、唇横にあるふたつのほくろまで鮮明に描かれている。


「……似てる」
「それも部屋に飾んの?」
「うん」
「そりゃどーも」


相馬くんはそう言うと、机上に広げていた教科書やプリント、筆記用具を乱雑にスクールバックの中に詰め込んだ。


「八月朔日、今日暇?」
「まあ…帰るだけだけど」
「自転車チャリ40分漕ぐ体力は?」
「それはいつもないよ……」
「ふはっ、じゃあ決定。アイス食えってキノセンも言ってたし、補習も無事終わったってことで、」



蝉の鳴き声がうるさかった。ワクワクして、今という瞬間を楽しんでいる、そんな自覚もあった。



「頭ん中空っぽにしてさ、夏感じに行こうぜ」




揺れる金髪が、太陽みたいに眩しかった。



完.