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昔から、人の顔を書くのが───いや、男の人の顔を書くのが、好きだった。
小学生の時、同級生が皆休み時間に校庭で鬼ごっこをしたりサッカーをしたりしている中、俺はひとり、机に張り付いて絵を描いていた。
最初は好きな戦隊もののヒーロー。次に、好きなドラマに出ていた俳優。それから、クラスメイトの男子や担任の男性教師の顔を描くようになった。男の人に酷く魅力を感じる。女性の似顔絵に挑戦したこともあったけれど、心が全然踊らなくて、そのどれもが輪郭で止まってしまった。
友達は決して多くはなかったが、ひとりもいないわけではなかった。鈴と書いて、レイ。登校班が同じで知り合った同い年の男の子。俺が身近な人の中で似顔絵を描いたのは、レイが初めてだった。
「夏芽、すげーよ。ほんと上手い。これさ、部屋に飾るわ」
俺の描いたレイの似顔絵を、本人があまりにも喜んでくれるから。きらきらした瞳で、嬉しそうに目を細めるから。俺は、それだけでとても満たされていたのだ。
『みずがめざ』は通学路に位置する駄菓子がメインの商店で、レイとよく遊びに行っていた。似顔絵を描くこと得意であることはレイと家族以外には言っていなかったが、店主のばあちゃんにレイがうっかり口を滑らせたのがきっかけで知られてしまった。
これまでに描いた似顔絵を見せると、その中にはこの店に来たことがある同級生が何人もいたようで、「よく見ているね」と褒められた。
自分が描いた絵をあまりにも褒めてくれるものだから、俺は自由帳から何枚かちぎって似顔絵を描いた紙をばあちゃんにあげた。女の人を描くのは苦手だったけれど、ばあちゃんはいつも優しくしてくれて、いっぱいの愛を感じるから最後まで仕上げることができた。ばあちゃんは、レジ横にそれらを貼り愛おしそうに見つめていた。ばあちゃんは旦那さんを病気で失くしていて、子供はいなかったので、もしかしたら寂しかったのかもしれない。
今なら、なんとなくそうだったんじゃないかと思える。それくらい、もう昔のことなのだ。
自分がこっち側の人間だと気付いたのは、中学2年生の時。
レイに彼女ができた。昔から行動を共にしていたけれど、彼女ができて、俺とレイの時間が減って、時々胸が痛むのだ。俺のものにはならない唇や身体、彼女を愛おしそうに見つめる瞳に、どうしようもなく焦がれてしまう。
俺はどこかおかしいのか。女の子には何も感じないのに、レイに彼女ができてモヤモヤするのはどうしてなのか。レイと恋愛の話をするのが嫌だった。寂しい、苦しい。どうして、そんな風に思うのか。自分の中で半分答えは出ていたけれど、認めるのが怖かった。
俺は男だ。レイと恋はできない。だけど離れたくない。でも、このままそばにいるのは苦しい。レイに正直に話したら、レイはなんていうだろう。俺の気持ちを汲み取って、解決策を見出してくれるだろうか。
「…え、ごめん、冗談きついわ夏芽」
けれど、そんな勝手な期待は当然のごとく通用しなかった。
ありえない、気持ち悪い、今まで俺のことそういう風に見てたのかよ。ひとつも言葉にされてはいないのに、レイの瞳はそう訴えていて、俺が間違っていたことを悟った。
俺は普通じゃない。男なのに、男を好きになってしまう人間。
───気持ち悪い。そう、思った。
それからレイとは疎遠になり、どういう伝手かは分からないが、俺が同姓愛者であることはいつの間にか家族にも伝わっていた。
母はどうしてなのと涙を流し、父は俺を気持ち悪いと言った。俺もそう思う。自分という生き物が気持ち悪くて、吐き気がする。それなのにどうしたって女の人には目が行かなくて、気づけば男の人の横顔にばかり見とれてしまう。
高校生になる時、姉ちゃんがふたり暮らしを提案してくれた。両親とはすっかりコミュニケーションを取らなくなっていたので、とても有難い話だった。姉ちゃんは、俺のことを否定しなかった。「あたしの弟に変わりはないし」その言葉に、どれだけ俺が掬われたのか、姉ちゃんは知ってくれているだろうか。
『みずがめざ』のばあちゃんは、いったいどこまで事情を知っていたかは知らないが、すべてを察していたようにも思える。
「いつでも、自転車漕いで遊びにおいで」
ばあちゃんは、そう言って微笑みかけてくれた。