チョコとイチゴ。どっちも食べたいと素花が言うので、一緒に添えられたプラスチックのフォークで半分にする。互いの皿をつつくような形ではない。皿に取り分けると、バランスを崩したケーキがごろんと寝そべった。



「ケーキ屋さん、いいな。今から目指しても間に合うかな」
「うん」
「いや、専門行き直さないとダメかぁ」
「独学でもいいんじゃん」
「あはっ、そうか確かに、夢がある」



スポンジを頬張った素花の口の端に生クリームが付いた。意外と口の端に付いた食べ物の存在には気付かないことがある。可愛いとは思うが、何でもかんでもあざといと称するのはいっぱいかがなものか。



「就活かぁあ。年明けたらやらなきゃいけないこといっぱ……」


今日は、君にとって年に一度の特別な日だ。俺にとってはただの寧日。しかしながら寧日の俺は無力である。

​───だから。



「今日はやめようぜ、その話」



言葉を遮るようにそう言って口元についた生クリームを乱暴に親指で拭う。これまで1度だってしたことが無い行為も特別な日になら許される、そんな気がした。



「年明けたら全部また考えればいいって。あと2日くらい焦っても変わんないよ。自分のこと嫌いになるようなこと、誕生日くらい考えなくていんじゃねーの」

「尚、そんなん言う人だったっけ?」

「うるせーな、普段言わないだけで思ってんだよ。つか口元にクリームつけてんの小学生かよだる」

「あ取ってくれてありがとう」


​好きな女の誕生日。ダメダメな自分が向かうべき将来にも一ミリも好意に気づいて貰えない現状にも目を瞑り、ケーキの甘ったるさに惚けたっていい。



「誕生日おめでと」
「なはは、ありがとお」
「いやあ、ホールケーキ結構悔いなんだよな。あの子供の残念そうな顔が忘れられない」
「尚の誕生日に買ったろか、私が」
「よろ」



AirPodsを買うには至らない。たかがケーキで俺たちの関係も変わらない。けれど、いつもより少しだけ違う自分になれる特別な日だ。