「おにいちゃん…、たんじょうびケーキないの、ごめんなさい」
会計を済ませ、少年の母親がケーキを箱に詰めている時、掠れる声で少年が言った。
「とくべつな日なのに……」
「いや、いいんだよ。看板がかわいいかったから気になっただけ」
少年が謝ることは何もない。今日はべつに特別な日なんかじゃない。俺にとってはただの平日に過ぎなくて、たまたま知人に誕生日の奴がいるだけ。もともとケーキすら買う予定はなかったけれど会話をした手前てぶらで帰るには気が引けたからチョコレートケーキとショートケーキを買っただけ。そう、そうなんだよ、多分、きっと、絶対。
「代わりと言ってはなんですが……ろうそくお付けしておきましょうか」
「え? いや、俺は…」
「誕生日は、一年に一度の特別な日ですからね」
「さっき21歳って言ってましたよね」と言われ、1と2のろうそくを添えられる。断る暇はなかった。ふふ、と笑われ、恥ずかしさがつのる。ありがとうございます、小さくお礼を言って俺は目を逸らした。
「ありがとうございましたっ! また来てねおにいちゃん!」
語尾が弾んだ少年の声が、やけに鮮明に響いている。吐いた息が白い。澄んだ冷たい空気が頬を切る。
誰かのやさしさに触れたいと思ってしまったのは、きっと寒さのせいなんかじゃない。



