再び足を動かそうとした矢先、ケーキ屋のショーケースのそばに「たんじょうびケーキあります」と手書き風フォントでかかれた看板が置いてあるのを見つけた。



たんじょうび。今日は素花の誕生日だ。


そうだ、なんて心の中で言ってみたけれど、最初から忘れてなどいない。毎年なんだかんだ祝ってきた日だ。


俺たちは付き合っているわけでもその予定があるわけでもないただの幼馴染で友人である。当然、誕生日当日に会う約束を取り付けているはずもない。素花からは先日会った時に「尚今年もバイトがんばれよぉ」とエールを貰っていた。



お互いの誕生日は、会った時に適当に選んだ、高すぎないプレゼント渡すだけ。毎年そうだった。

そうしてきたのだ、俺だけが、ずっと。




「おにいちゃん、ぼくんちのケーキ買いますかっ!?」
「え」



看板を見つめたまま立ち止まる俺にそんな声がかけられる。少年の弾んだ声に、「あ、いや俺は」と否定しようとしたけれど、それより先に口を動かしたのは少年だった。こらだめよ、と言う母親の声なんてお構いなしに「あのね、すっごいんだよ!」と少年は言葉を続ける。


「ぜんぶぼくのパパが作ってるんだ!」
「え、ああ……うん、すごいね」
「ぼくがいちばん好きなのはチョコとイチゴなんだけどね、さっきのおばあちゃんたちはシフォンケーキと、あと、栗のやつが好きって言ってたよ!」



少年がにかっと白い歯を見せて笑った。瞳があまりにも真っすぐできらきらしていたものだから、俺は返す言葉に詰まってしまった。母親が申し訳なさそうに眉尻を下げて俺を見ている。大丈夫ですよ。その意味を込めて軽く会釈をした。


ショーケースに並ぶケーキを今一度よく見つめる。レジ脇にはクッキーやフィナンシェなど焼き菓子も並んでいる。どれもとてもおいしそうだ。

ケーキを眺めている間は少年からの視線を感じたが、嫌な気はしなかった。



「……あの」 



一通り眺めて、ようやく俺は口を開く。少し掠れた声が出た。


「はいっ」
「看板、の……えーっと、誕生日、21歳の……、いや、」
「たんじょうびけーきありますっ」