何て自分は狡猾な人間なのだとつくづく思う。陽向との同棲生活で喧嘩をした経験がないと云ったけれど、それはただ単に私が衝突に脅えてそれを避けているからと云う一因もある。
眠りに落ちていた陽向が瞼を持ち上げて私の手首を掴んだあの瞬間の出来事を、私は今日の今日まで秘密にしていて誰にも打ち明ける事なくずっと過ごしてきた。本当ならば、恋人である陽向に告白するべきなのだと理解していた。
だけど、この余りにも温かな幸せの味を覚えてしまった私は、その幸せに棄てられるのがどうしようもなく恐かった。他の男に胸を高鳴らせてしまったとどうしても云えなかった。
私は何処までも傲慢で、身勝手で、自分だけが可愛い人間らしい。陽向の為を想うのならば、真実を素直に告げるべきだった。「それでも間違いなく陽向を愛しているよ、こんな私でも良いかな?」ってきちんと質問を投げるべきだった。
だけど「嫌だ」と拒絶される想像ばかりが頭を埋め尽くして、意気地の無い自分は口を噤む選択を取ってしまった。そしてある程度の月日が経った現在、それが大きなしこりとなって胸に残っている。
陽向を愛している。これは嘘ではない。陽向との生活が愛おしい。これも紛れもない真実。私はとても幸福だ。この言葉にだけは少し語弊がある。胸の奥にあるしこりを取り払わない限り、私が心からこの環境を幸福と想うのはきっと、恐らく、困難だ。
「あはは、全部私が撒いた種なんだから自業自得か。」
すぐに空間に消えた乾いた笑い声が異常に哀れだった。今更打ち明けるのは遅いだろうか。そもそも私は陽向を前にした時に打ち明ける覚悟を持てるだろうか。
嫌われたらどうしよう、別れようと云われたらどうしよう、陽向から笑顔を向けられなくなってしまったらどうしよう…。考えれば考えるだけ恐怖で指先が震える。