結局私は心が色褪せたあの日に囚われたまま、一歩も前へ進めていないのだろうか。でも、陽向と出逢ってからちゃんと前を向けたのは確かだし、間違いなく私は少しずつ前進していた。
けれどどうして私は陽向を愛していると想う傍ら、貴方に対して抱く愛おしいと云う感情を持ち続けてしまっているのだろうか。
「はぁ…最低最悪な人間だ私。」
入浴剤で乳白色に濁っている浴槽に張られたお湯。そこからちょんと頭だけ出している両膝を眺めながら、自問自答を繰り返す。陽向と素肌を重ねたあの日の朝以来、私はずっと自問自答をしては納得のいく結論を見出せずに陰鬱な気持ちに沈んでばかりいる。
一つだけ確かな事は、私は陽向を愛していて、陽光への愛情も消せないでいると云う事だった。節操のない軽薄な人間だと罵られて当然だと思う。きっと誰にも理解されないと思う。自分でもこの複雑な心境に困惑が尽きないし、頭も心も処理が追いつけないでいる。
浴室に反響する自らの溜め息がとても重くて、苦笑が滲む。
あの後、眠りから醒めた陽向はいつも通りの私が知っている難波 陽向そのもので、途中で覚醒して私の腕を捕らえた記憶は彼には残っていない様子だった。だから私も「途中で起きて、私に話し掛けたのを覚えている?」と切り出す勇気が湧かなかったし、その後も私達の間でこの話題が持ち上がる事はなかった。
『おはよう、祈ちゃんがベッドにいなくて寂しかった。』
脳が混乱したまま渇いた喉を潤している私の背後から抱き寄せた陽向の甘くて蕩けた声が鼓膜に触れて、彼の優艶に咲く笑みを目前で見た時は息の仕方を忘れる程に苦しかった。子供さながら噎び泣いてしまいそうだった。