暫し時間を忘れて彼の美しい寝顔を眺めていた。美人は三日で飽きるなんて言葉を聴いた事があるけれど、私は彼の美しさに飽きない自信がある。冗談抜きで何時間でも愛でられると思う。


私が彼から視線を逸らしたのは、喉が渇きを訴えたのが契機だった。鈍痛を抱えた身体を右へ左へ静かに(よじ)って、何とか相手の腕の中からの脱出に成功。なるべく音を立てない様細心の注意を払いながら、暖房が効いていても少しだけ冷たい床に両足をを置いた。

そうしてやっと立ち上がろうとした私の動きは、突如手首へと伸びて来た手によって制された。思わず吃驚して振り返る。切り替わった視界に飛び込んだ光景に私は更に吃驚した。



「祈。」



反射の仕方なのだろうか、将又幻覚なのだろうか。美しい蜂蜜色をしているはずの彼の双眸が、この時だけは深い栗色に確かに見えた。その色は、五年前に私の前からいなくなった貴方の双眸と同じそれだった。


いつも「祈ちゃん」と呼ぶ彼が見当たらない。彼は今私を「祈」と呼んだ。それも心なしか、声色が酷く貴方に似ている。普段の彼とは全然違う。



「ひ…かり?」



ついその名前が口を突いて出ていた。直感が、本能が、彼が陽光だと叫んでいた。

無意識に声を漏らした私は、すぐさま自分の口にした事の重大さに気付いて慌てて自らの口を手で塞いだ。



「祈、愛してる。」



“幸せにならないと許さないから”



強烈な愛おしさに、心臓が止まってしまいそうだった。

ゆるりと口角を吊り上げた後、魔法がとけたみたいに持ち上げられていた彼が再び瞼を閉じ、私の手首から手を離した。時計の秒針のカチカチと云う音がやけに鼓膜を突く。


何事もなかったかの様に再び寝息を立てる彼は、間違いなく陽向だ。ちゃんと陽向だ。だけど私は酷く混乱していた。