あれ…私、過去に陽向と会った事があるのかな。指先を押す様な心音を感じながら、ふとそんな疑問が過る。けれど、すぐにそんなはずがないと云う答えが出た。もし私と彼がずっとずっと前に会っていたとしたら、彼も何かしら疑問に抱くだろう。
それに、鼓動を感じた時のこの圧倒的な安堵感と、胸を埋め尽くす愛おしいと云う感情を私が覚えた人物は、過去にたった独りしか存在しない。
「陽向の心臓に、耳をあてても良い?」
「ふふっ、どうぞ。」
上体を起こして左胸に耳を埋める。鼓膜を突くのは、間違いなく聴き覚えのあるそれだった。そうだ、この鼓動の音は、かつて私が恋焦がれていた彼と同じだ。
否、同じと云うと語弊があるかもしれない。正確には、陽向と陽光の鼓動が余りにもよく似ているのだ。似過ぎているのだ。
『陽光の心臓の音聴いてると何だか妙に落ち着く。』
『そりゃあそうに決まってるじゃん。』
『え?』
『だって、俺の心臓は常に祈を愛してるって気持ちで溢れ返ってるから。』
『絶対揶揄ってるでしょ?』
『バーカ、本音だよ。』
恋人でもないのに互いに身体を抱き寄せ合ってベッドに潜る度、陽光の体温と鼓動に包まれた私はずっとこんな時間が続けば良いのにと願っていた。とてもとても幸せだった。
どうして、どうしてこんな時に貴方との会話を思い出してしまうのだろう。これじゃあ陽向に失礼だ。後ろめたさと罪悪感で、涙腺が緩んでしまいそうになる。胸の内では幾多の感情が複雑に交差して絡まって縺れていく。