曇天から雨天へと空模様が遷ろうまでに要した時間は実に一瞬だった。ぐずぐずの天気は、まるで悩みに沈んでいる私の心みたいだ。そんな自虐的な思考を巡らせたのも束の間、雨脚はみるみるうちに強くなり物陰を探している間にも私の身体を容赦なく濡らしていく。
流石人の利用が少ない裏門と云うべきなのか、右へ左へ視線を向けても雨避けになってくれそうな物が一切ない。途轍もない勢いで降り注ぐ雨に敵うはずもなく、すっかり私の髪とコートはぐしょぐしょになっていた。
今日の気温は三度らしいから、体感温度はもっと低いだろう。現に、身体が寒さでガクガク震えているし唇からどんどん温度が無くなっていくのが分かる。慌てて踵を返して大学の校舎に避難を試みようとしたその時だった。
「何してるの祈ちゃん!!!びしょ濡れじゃない。」
身体を打ち付ける強い雨が私の頭上でだけぴたりと止み、視界には私に向けて傘を差してくれている陽向の姿が飛び込んできた。見開いた目で私の上から下までを凝視して、すぐに心配そうな表情を浮かべる彼に、傘に弾ける雨粒の音よりも大きく鼓動が鳴る。
何の躊躇いもなく彼が私に傘を傾けるから、彼の桜色の髪が雨に晒されて濡れていく。
「駄目じゃん、これじゃあ陽向が濡れちゃうよ。陽向が傘差してよ。」
「やだ、僕は祈ちゃんが濡れる方が耐えられない。」
「……。」
「こんなに薄着なのに雨に打たれて…風邪引いちゃうよ。」
「……良いよ。」
「え?」
鞄から取り出したハンカチで濡れた私の顔を拭いてくれる彼の優しさが、身勝手な心に痛く沁みる。分かってる。分かってるよ、陽向が私を大切にしてくれているって分かってる。
ちゃんと彼に想われているなって想えるし、彼の愛情をちゃんと感じる。だけどね、これだけじゃ足りないよ。
「風邪くらい、引いても良いよ。」
“そうしたら陽向が抱き締めて温めてくれるでしょう?”
ハンカチを持っている手首を掴んで、蜂蜜色の双眸を視線を結ぶ。掌に伝う彼の体温が熱く感じるのは、私の身体がすっかり冷え切ってしまったからなのかもしれない。もしくは、恥ずかしい誘い文句を並べているからなのかもしれない。