あ、あれ…私今何て云った?あれ?

ただでさえ混乱していた脳内は更なる混乱の波が押し寄せて、頭が真っ白だ。思考が完全に一時停止してしまっている。



「ちょっとタイム。い、今のは忘れて。」

「うん、忘れてあげない。」

「はい!?」

「そんな素敵な言葉、忘れてあげられないよ。」



挙動不審になっているはずなのに、こんな私を見ても相手は柔らかく目を細めてクスクスと声を響かせる。どうしよう、完全に陽向のペースに呑まれてしまっている。だけど彼のペースが心地良いとすら想っている。



「それじゃあ僕、そろそろ行くね。」



彼からのお別れの言葉を聴いて、心が震える。抱き着いてもっと一緒に居たいと云いたい気持ちを、必死に呑み込んで抑えつけた。



「それじゃあね、祈ちゃん。」



甘い甘い声が耳元で溶けて数秒後、私の唇に再び触れるだけの接吻を落とした彼の顔を飾るのはやはり悪戯な笑みだった。

「今度純喫茶巡りする時は、祈ちゃんの好きなオレンジジュースを飲んでね」最後にその言葉を残した彼は、今度こそ本当に踵を返して私に背を向けて夜の道に消えてしまった。



「どうして……。」



自宅に繋がる扉に手を掛けながら、独り言が口を割って零れた。