陽向の温もりが、名残惜しかった。自宅の前に到着した刹那、彼とお別れする寂寥感で胸がいっぱいになった。離れたくない、もう少しだけ一緒に居たい。まだ手を放したくない。
どうやら私は、自覚していた恋心よりも遥かにずっと彼に恋をしているらしい。こんなにも身体が熱いのは、気温のせいだけじゃないだろう。
「送ってくれてありがとう、気を付けて帰ってね。」
「帰ったら連絡するね。」
「うん。そう云えば陽向は何処に住んでいるの?」
「大学の近くのマンションで独り暮らししてるよ。」
「え?それじゃああのまま喫茶店から真っ直ぐ帰った方が早かったんじゃ…「もっと祈ちゃんと居たいなって僕が想っただけだから気にしないで。それに、好きな子を独りで帰したくもないから。」」
こんなにも暑苦しい風に晒されても、清涼感に満ちている。サラサラと桜色の髪が揺れて、その都度顔を覗かせるピアスが心許ない淡い月明かりで微かに光っている。
着飾らない真っ直ぐな陽向の言葉一つ一つが、私の心を奪っている事を彼はきっと知らないのだろう。陽向が優艶に破顔する度に私が恋に落ちている事を彼は露程にも知らないのだろう。
全く心臓に悪い人だ。だけどそんな彼が、とてもとてもとても好きだ。
「今度僕のお家にも遊びに来てくれる?」
「勿論。陽向の好きな食べ物持って行く。」
「祈ちゃんが来てくれるだけで十分過ぎるくらい幸せだから気は使わないで。」
「陽向ってつくづく優しいよね。」
「好きな人だけにはね。」
「…っっ。」
悪戯に口角を持ち上げた相手の不意討ちで、益々心拍数が加速する。繋がれていた手を解いた彼が、その指を私の髪へと通して愛撫する。恋人同士がするそれに慣れない私は、視線のやり場に大変困った。