氷が溶けたグラスの中は、いつの間にかカフェラテと水の二層に分離していた。これではこのカフェオレが持っている本来の美味しさもすっかり損なっている事だろう。
相槌を打つ訳でもなく、かと云って声を漏ら訳でもなく、ただ黙って私の話を聴いてくれている陽向は吃驚した表情を浮かべている。そりゃあ驚きもするだろう、告白した相手からこんな話を語られたら私だって彼と同様の反応を見せる自信がある。
「陽光を撥ねた相手は飲酒運転で、信号待ちしていた陽光のいる対向車線に減速もせず進入して陽光を轢いたのだと聴かされたのは、数日経ってからだった。加害者の人間は全くの無傷。方や陽光は脳死状態。私ね、心底現実を憎んだし、彼にアイスクリームを強請った自分を恨んだの。」
「……。」
「でもね、憎んでも恨んでも、陽光が再び自分の力で瞼を持ち上げてくれる事はなかったんだよね。」
五年の月日が流れたけれど、彼を忘れた日は一度だってない。あの哀しみは、あの苦しみは、あの痛みは、あの寂しさは、あの虚しさは、癒えぬまま私だけが呑気に今日まで生きている。
それなのにどうしてだろう、どうして私よりもずっと苦しみと哀しみに暮れた様な顔を陽向が浮かべるの?どうして私と同じくらい表情を崩して涙を落としてくれるの?
線の細い輪郭をなぞる様に滑り落ちる陽向の涙は、とても、とても綺麗だった。
「ねぇ、祈ちゃん。その陽光君がどうなったのか…聴いても良い?」
「脳死判定された人間はね、どれだけ医療の力を頼っても生きられるのはせいぜい二週間が限界らしくて、その後は自然と呼吸が止まり心臓が止まりそれこそ本当に永遠の眠りにつくんだって云われたの。掠り傷は治癒していくのに、陽光は死んでいると診断されている。なんて残酷なのって、神様に文句すら吐いちゃった。」
「……。」
「それから二週間後の八月一日。二回目の脳死判定を受けた陽光からは全ての管が抜かれて、その日が陽光の命日になったよ。」
「それって……。」
「?」
「ううん、何でもない。」
首を横に振って曖昧に微笑む彼は、とても何でもない様には見えなかった。けれど、それを追及する気持ちも私にはなかった。