グラスに浮くカフェオレの水面が徐々に下がってやがて底を付き、あっという間に溶けて歪な形になった氷数個だけになった。氷と云う残骸だけが残ったグラスを見て初めて、自分が酷く喉が渇いていたのだと気がついた。



話し相手のいない休息は退屈で、虚しかった。



「帰ろう。」



きっと陽光がいたら、すぐにこの純喫茶をお気に入りカテゴリに入れていた事だろう。そして「また行こうね」って当然の様に私を誘ってくれただろう。そんな妄想を膨らませたところでふと我に返り、苦笑が滲む。



貴方の誘いなら全て喜んで付き合うのに。貴方が話し相手ならどんなカフェオレ巡りでも退屈しないのに。貴方がいないだけで、こんなにもこんなにも心が寂しい。



「お会計お願いします。」



ふらりと立ち寄った店だったけれど、すっかりここの雰囲気の虜になってしまった。また来よう。次は私の好きなオレンジジュースを頼んでみようかな。


嗚呼でも、私が次またここを訪れたとしても私はきっと、凝りもせずに、碌に味の違いも分からないカフェオレを頼んでしまうんだろうな。



「450円です。」

「あ、それなら丁度あったかもしれません。少し待って下さい。」



摘まみかけていた千円札から指を放し、慌てて小銭入れへと繋がるチャックを開く。百円玉四枚と、五十円玉一枚ぴったりをすぐに見つけて掬い上げた刹那だった。





「こんにちは。」



カランコロンと客の入店を知らせる入り口扉のベルが鳴り響いた後、自らの鼓膜に触れた声に、どういう訳か酷く引き寄せられた。



視線を持ち上げて、声の主を双眸が探す。



「こんにちは、難波(なんば)君。」



私の支払いを待っている店主と思しき男性が、にっこりと微笑んで挨拶に応じた。そしてそれと同時に、私の視線はたった今入店した男性へ向けられていた。



「アイスカフェオレを一つ下さい。」



こんな事を言うと気でも狂ったのかと思われそうだけれど、端麗な顔にそれはそれは美しい笑みを咲かせて注文を放った見ず知らずのその男性が、私の目には貴方に見えた。