瞬く間に長い夏休みも追い返し地点へ到達。眉間に皺が寄る程の大合唱を披露していた蝉達の声すらも、もう少しで聴こえなくなってしまうのかと思うと寂しさを感じる。まだ暑さこそは健在なものの、肌寒い風が吹き始めるのもそう遠くはないのだろう。
そうして又、貴方のいない季節が巡るのだろう。
「一昨日、祈ちゃんが送ってくれた純喫茶の雰囲気とっても素敵だったね。」
「私も一目惚れして、陽向も好きそうだなって思ったの。カフェオレが看板メニューなんだって。」
「そうみたいだね。祈ちゃんと一緒に出掛けられるだけでも嬉しいのに、純喫茶巡りできるなんて幸せ。」
「大袈裟だね。」
「全然大袈裟なんかじゃないよ。」
顎を持ち上げて漸く視界に入る相手の表情は嬉々としていて、とても上機嫌だと云う事が手に取る様に分かる。拳二つ分位の距離を置いて肩を並べる私達は、以前から計画していた純喫茶巡りの最初の目的地に向かって歩いていた。
今年の夏休みは、誰よりも多く彼と過ごしている気がする。家族よりも陽向と一緒にいる時間の方が格段に多いだろう。まさか自分が陽光以外の人間とこんなに長い時間を過ごす様になるだなんて思ってもみなかったから、この現実に私が一番吃驚している。
「そう云えば、陽向から借りた小説読んだよ。」
「もう読んでくれたの?」
「うん、面白くて気付いたらのめり込んで丸一日本の虫になってた。」
「お気に召してくれた?」
「とっても。陽向と小説の話を語りたくて最後まで読んできた。」
鞄から本屋の名前が印字されている紙製のカバーを被せられた文庫本を取り出して隣の彼に手渡した。それを受け取った彼が、仄かに両頬を桜色に染める姿が余りにも綺麗で……。
「僕もね、祈ちゃんと語れたら嬉しいなって思ってたの。」
私はただただ、見惚れてしまった。