面と向かって誰かに「綺麗」と云われる経験なんて無いに等しい人生を歩んできた私には、彼の言葉は余りにも甘くて狡かった。


さっきまでは平気で絡められていた目すら途端に合わせにくくなって、用もないのにその辺に設けられている花壇へと視線を逃がす。しかしながら、何色でどんな花が咲いているのか認識できる程の余裕を私はすっかり欠いていた。



「さっきからずっと、僕ってば何を言ってるんだろうね。ごめんね、困惑ばかりさせちゃってるよね。」

「正直困惑はしてる。」

「あはは、そうだよね。」

「でも、嬉しかった。」

「え?」



降下しかけていた相手の視線が、再びこちらへと注がれた。胸の高鳴りは依然として止む気配はない。ずっと視線を泳がせ続ける訳にもいかず、火照りの取れない頬を手で覆って冷ましながら向かいの席を一瞥する。



「少しだけ、救われた。」



それから短く、私は言葉を付け足した。



陽光をずっと記憶に留めて生きて良いよと云われている気がした。ここのところ(おもり)がぶら下がっていたみたいに重かった心が軽くなった。対面している相手はそんなつもりなんてないのかもしれないけれど、彼が私にくれた「綺麗」と云う一言は、晴れる事のなかった私の悲しみをほんの少しだけ癒してくれた。



「だから謝らないで欲しい。寧ろ、ありがとう。」



耳を澄まさないと聞こえないくらいの音量でそう告げた私に、相手は端麗な顔を笑顔で飾り付けて頷いた。



「うん、どういたしまして。」